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日付:

2006/06/10

タイトル:
25オンスの猫
著者:

オノデラユキ(写真)/小見さゆり(詩)

出版社:

白水社

書評:
 

 エピゴーネンにとって、新奇さが陳腐化するのは時間の問題に過ぎぬ。波打ち際に置き去りにされた魚が炎天に腹をむけて腐るようなものだ。時間の波を泳ぎきるアヴァンギャルドの神様はそう滅多に現れない。ちなみに「写真詩の現在」などと大向こうをきった、とする。このカテゴリーにはマン・レイとトリスタン・ツアラしか残らないだろう。

  「人魚と珊瑚礁」のような相性の良さである。もし、この二人が、写真と詩のコラボレーションをものしていたら、沖合いの風向きも少しは変わっていたかも知れない。しかし、一時代のコメントを満載した船が帆を張る勇姿はみられなかった。ただ、遅れてきた群小作家たちが、何度も足踏みをするだけで、それも恐らく永遠に、スタート地点すら覚束ないのではなかろうか。従ってエピゴーネンなるものも存在しない。アイデアどまりが精々の所で、結晶体として実を結んだ作例はない。

  額縁によって絵画空間は自立する。しかし、写真のパネル化に質的転換の効果があるかどうかは疑わしい。どのようなモチーフであろうと、作品は写像であって、具体の投影でしかない。物理的隔離状態から抜け出そうと思えば、合鍵はいつでもポケットにある。その鍵を錆びつかせ、無効にするのが詩の力(=ポエジー)である。絵画の場合は筆使いがヴァルールを高めマチエールを決定する。写真はデフォルメと異化を詩に頼らなければならない。映像と言葉の相互浸透により、写像は捨像され、藝術的なイメージとなる。

  詩と写真のコラボレーション、満更、捨てたものではなさそうである。森の外れには、こんな魅惑的なスペースがあったのだ。写真は言葉の部屋の窓を開け、詩という内面風景に涼風を吹き込む。逆に写真は加工技術よりも詩の力で存在感が出る。プラスティツクのフレームに期待出来ることなど知れているのだ。昭和初期のモダニズムの写真家が自意識過剰で取り付く島がないのも、画家と張り合おうとする表現意欲のせいだが、あれでは駄目だ、第一、重すぎて詩に向かない。 

  片側に写真を見ながら詩のページを繰るひと時には、独特の贅沢な味わいがある。写真はマチエールのない絵画、具体物の表情から抜けきらない映像ほど興ざめなものはあるまい。昔、ロンドンのどこか場末の芝居小屋で、本物の驢馬を登場させて観客の顰蹙を買った舞台があったと言う。写真機の発明によって、写実主義は堕落し、演劇にしろ出版文化にしろ、大衆化の歯止めが効かなくなった。好色漢の数だけストロボが焚かれ、匿名性を剥奪されたアトリエの裸婦は、ケバケバシイ肉の花となって散る。夢が現実となるのではない、夢が現実という影をなげるのだ。そういうわけで、写真と詩は相性がよくなければ可笑しい。だから、もっとコラボを!−と、叫びたくなるのだ。

  「25オンスの猫」、この表題には賛成である。最初の詩、「ぼくは生きている」には、正直びっくりさせられた。

   巨大な車輪のように新品の浴室タイル

   のように
   アザラシのようにそれ以上に

 この機関車のような力強い一行に触発されて、写真が片側のページで息を吹き返す。誰もいない矩形の部屋に日蝕の燃える円環がリンクして、まるでピエタの抽象概念図のようだ。一瞬息を呑む光景のあとも、言葉と映像の白熱したドラマが中々の展開を見せている。

 もう一つ挙げてみよう。タイトルは「サボテン・ジャム」とある。写真では巨大な黒光りする瓢箪が牢獄のような部屋の床を占拠し、手袋(手ではない)が、ひんやりとした自分自身(瓢箪)の接地を確認している。詩はこんな具合だ。

   けさの朝食が
   サボテン・ジャムだってこと
   うすうす感づいていたけれど
   知らなかった
   サボテンにとげがあること
   君がそんなに怒っていたなんて

 ちっとも怒っていないから瓢箪であり、とげがないから瓢箪であり、そもそも、そんな在り様が間違いなのだと、知らない手(手袋)が教えている。どのページの見開きもそうなのだが、右から左へと、左から右へとでは、物語自体にゴロンと寝返りを打たれてしまう。明暗対位法による不思議な心理的効果もある。このテキストには立体写真のような仕組みがあり、異次元のフォルムが、くっきりと「第三の眼」を通して見えてくるのだ。

 殺風景だが、奇妙なコクと深みを感じさせる、この瀟洒な本。むしろ写真が主導権を握ることで、造形的な奥の深さが、詩をさらに内部に閉じ込める。写真が詩の核作りに成功した珍しいケースと言えるだろう。

 

 

 


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