男の世界と言えば、ル・マン、クライマー、ボクサーのそれくらいしかないだろうと値踏みをしたのは、「夜と軍隊」の作家、ノーマン・メイラーである。マンメリー、ギド・レイをロック・クライミングの聖者と仰ぎ、自らも、僅か四ヵ年で初登攀14という驚異的な記録を作ったジャン・コストはさしずめ男の中の男であろう。
山に恋をして山に死んだ、この天性の登山家は医師の資格取得者として将来を嘱望されていたエリートでもある。だが、両親の願う現世安穏も何処吹く風と夢に殉じる。「この世の苦しみはケルンさえ見れば、たちどころに忘れられる。」−本書はその真摯な情熱が一点の曇りもないことを伝えている。
しかし、登山の醍醐味は単なる冒険心からは得られない。忍耐に培われた強靭な知性と、研ぎ澄まされた感性が必要だ。何んと言っても二人でひとりの山行にパートナーシップは欠かせない。社会改革に走ろうとする友を人類愛の理念で引き止め、初心を貫こうと、気概溢れる態度を示したのもそのためである。彼らに取り、自然の懐に抱かれた魂のモニュメントこそ生きた証しと言えよう。
「登頂は困難だが、危険がともなうのは下山である。」−これは机上の空論ではない。厳しい実体験に裏づけられたアフォリズムである。その他、到るところに眼の覚めるような珠玉の言葉があって、兎角、日常に埋もれがちな私達の意識を活性化してくれる。瑞々しい文脈は青春文学としての魅力に彩りを添えている。
「大自然とのすばらしい闘争が、人生との日々のつまらない闘いから僕らを休ませてくれることを考えたまえ。」−この不滅の言葉を残し、若干23歳の青年はオアザン地方の名山、ラ・メイジュに消息を絶ち、永久に帰らぬ人となった。
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