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日付:

 

2009/3/26

タイトル:
麻原を死刑にして、それで済むのか?
著者:

渡辺 脩

出版社:

三五館

書評:

 

 彼女の前世は美しい犬だった。−これは、かのオーム真理教の麻原教祖が某女性ジャーナリストの敵愾心を逆手に取った眼くらましの口上である。異能者ならではの奇妙な実感を伴う表現だが、言われた当人もさぞや面食ったことであろう。(失礼の段は平にお許し願いたい)。ああいえばこういう一番弟子の言動もさることながら、この道に言葉の達人はわんさといる。肉体的なハンディを負う麻原であれば、人一倍その技も磨かれよう。真にもって言葉は神であった。しかし、官憲に逮捕され拘置所に入れられてからは「沈黙」によって全人格を閉ざしてしまった。事実上の最終解脱であろうか。これで言語の魔術師としての生命は終わったかに見える。

 本書は「沈黙」に至る被告人の取り調べの経緯から、その「沈黙」の中身を知ろうと悪戦苦闘する国選弁護士渾身の手記である。弁護人として当然のことながら世間の麻原バッシングを逆撫でするかのような裁判制度への抗議ともなっている。そもそもの話、麻原はマスコミが騒ぎ立てるような殺人犯であろうか、と言う問い直しがさまざま思惑を生む。<疑わしきは罰せず>は権利濫用を抑制するとしても、あれほどの事件である。最高責任者を無罪放免する道理は引き出せまい。一方、教祖として上層幹部の暴走の全責任を負うことで、テロ組織を肯定せざるを得ないなら、今度は宗教活動そのものの否定に繋がる。麻原の「沈黙」を瞑想状態とする著者の判断は多分間違ってはいないだろう。被告人の「沈黙」が教団の聖域を守る決定的な態度だとすれば、警察側の証拠不十分は法の番人として致命傷である。このアンビバレンツにこそオーム事件の根本的な問題が潜む、と著者は警告する。

 テロリズムによる法治国家の神話の崩壊、そう一面的に理解するだけでは問題の解決には繋がらない。安全強化のために国家権力が監視体制に入れば、我々の自由は奪われ、大義名分のための強行裁決が常套化する。宗教法人制度の限界と「破防法」の盲点に立たされた著者は、いわば両刃の剣としての法理論を展開する。と言うよりは限りなく迷路を彷徨う。

  何はともあれ、麻原用として特化された御用提灯というものはないのだ。しかし、長すぎる縄はどこかで切らなければ使い物にならない。この些か常軌を逸した背筋の寒くなる物件は裁判に向かない。麻原自身が「リンチ」と称して開き直っている様子からもそれと解る。絶句。

  

 

 

 


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