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日付:

2006/03/06

タイトル:
アッシュベイビー
著者:

金原ひとみ

出版社:

集英社

書評:
  

 デビュー後間もない芥川賞作家の衝撃的な第2作。圧倒的な性の蕩尽がモチーフを燃えあがらせて前作を凌ぐ。彼女は未完の大器だ。太陽と水と粘土の塊さえあれば何時でも創造活動に入れる。今回の作品で、同時受賞の綿矢りさからは大きく水を空けた感がある。「蛇にピアス」はいわば塑型、装画のハンス・ベルメールの捩じくれた人形は彼女の情念の模型であり、タイトルには謎掛けの面白さがある。

  「アッシュベイビー」は女性作家には珍しく構造的な作品。外部世界と内的自己のシンパシーが織りなす妖しい世界。性器がモチーフとなった大胆な展開には息つく暇もない。入れ子構造の陳列棚をがたがたさせるだけで壁や扉の隙間から男女のドラマが転がり込む。一番外側の厚い壁から<村野>という男が現われ彼女を魅了する。この男は恋愛感情には少しも反応を示めさないが、彼女の肉体と結婚願望は受け入れる。乙女チックな思い込みで結ばれたものの、彼女は何ひとつ変わらない。アパートの共有部屋で性倒錯者・ホクトが纏わり付くのも同じだし、相変わらずキャバ嬢として身すぎ世過ぎに身をやつし、レズの付き合いも続く。向こうからは出入り自在な扉に<結婚>と言うノブがあるだけだ。あろうことか彼女の深層から揺さぶり続けるホクトは、村野とは同僚で友人の<館山>というれっきとした社会人なのだ。この連鎖を断ち切れば全ては終わり、断ち切らなければ、壁の外側に出られない。

 引籠もりがちな<館山>は或る日、解雇されておぞましいホクト以外の何者でもなくなり、専ら彼女の内面にのみ寄生する。これが原因で彼女は何度も家出する。ちなみに<ホクト>を語義分解すれば「ホトが苦」となる。そういう謂わば許しがたい男なのだ。ホクトという奴は。一方、村野はムラーノには決してならない。その上、彼女は彼からみればレナでもアヤでもどちらでも宜しい。こんな屈辱に耐えながら、愛するというのは嘘である。それでも愛せるのなら、もしかしたら彼は実在しないのかも知れない。

 「仮想と現実」のごった煮にトリックが目立たないのは、小説家としての技量だが、迫真のレアリティこそ彼女の資質。ブルドーザーが破砕したコンクリートの山を見て彼女は興奮の余り、途轍もない開放感を味わう。この空っぽの位置関係の思いもかけぬ発見で、我も人も狂乱の坩堝と化す。氾濫するヒト、モノ、コトガラが片仮名表記であれば、すべて彼女の欲望のカタログと解して良い。多分、制度という外側の厚い壁に跳ね返された女たちは性の攪拌器に掛けられてぼろぼろになるまで生きる。

 場末の映画館のスクリーンを食い入るように眺め、ポップ・コーンをばりばり頬張りながら、<好きです>を何度も繰り返す少女時代の夢が、この本の終章で彼女の心情を一挙にオーバーラップして、作品全体にオーラを放つこととなった。

 最後の数十ページを欠いたら、まとまりのない駄作である。不貞腐れた早業による、このどんでん返しにこそ、彼女の力量のすべてがある。表現力のみならず想像力においても彼女は一端の作家である。もし、この本に書かれたことと少しでも似た事実があるなら、間違いなく「怪談」だろう。

 

 

 


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