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日付:

2005/09/25

タイトル:
バルテュスの優雅な生活
著者:
節子・クロソフスカ・ド・ローラ
出版社:
新潮社
書評:

 著者は、まだ20歳に満たない学生の頃、文化使節団の一員として来日中の画家、バルテュスに見初められ、数年後に結婚している。本書は、最晩年に亘る偉大な芸術家との生活を回想し、敬愛の情をこめて綴った身辺雑記。デモーニッシュな絵の裏側には意外な素顔が隠されていた。

 幼年時代、実母の後見人であった詩人・リルケに画才を認められ、絵本「ミツ」を彼の序文入りで発刊。これもリルケの勧めに従って、絵画修行のためパリに出る。些か奇を衒った感のある作品一点を交えた最初の個展で衝撃的にデビュー。賛否両論の渦巻く中で、アントナン・アルトーの圧倒的な支持を得て、26歳の青年は絵筆一本の生活に入る。

 折りしも、マチス、ピカソが先陣を切り、多くの芸術家が輩出、既成概念は破壊され、絵画の地平は大きく切り開かれていた。樹木に例えれば、がっしりと根を張ったセザンヌの上に現代絵画の巨幹が聳え立ち、個性が枝葉を繁らすだけとなっていた、そんな伸びやかな時代である。

 シュールレアリズムが底なしの夜の河であるとするなら、バルテュスの世界は都会の吹き溜まりで昼尚暗き運河のようだ。その退廃的な風景の中に少女の幻影が幾度となく現れては消える。心臓にギブスを嵌められた天使のような、半ば、希望のシニファンのような、そんなモチーフに突き動かされて絶えず絵筆を動かすバルテュスである。日本人女性を実際の伴侶として、21世紀の扉を叩くまでの40年余、緊張感に満ちた危ういテーマを反芻しながら、最後の一瞬の光も失うまいとする、その志の確かさから、反面、複雑な想いも伝わってくる。

 もし20世紀が、救い難い文明の刻印を払拭出来ないのであれば、彼の東洋への思慕は、幼子の微笑とともに画布に留めるべきであった。しかし、プッサンの模写に始まり、パロディで終わってしまった制作上の事実は自らの限界を象徴的に語っている。

 まるで音楽のように夫の血管から色彩が流れ寄る、そう感じた看取りの人であればこそ、筆を洗いながら、最後のタッチに無念の甘さを見たに違いない。巻末に詳細な年譜を添え、バルテュスゆかりの地に観光スポットを当てることで、私達に感銘を新たに呼び起こすのも本書に於ける企画の一つであろう。

 

 

 


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