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日付:

2006/12/15

タイトル:
風葬の教室
著者:

山田詠美

出版社:

河出書房新社

書評:

 

 私たちにとっての審判は平等に似た「わるさ」でしかない。この世では闘いが生の輝きを生むのだ。このドゥルーズ的な人生観がみごとに実を結んだのが、小説「風葬の教室」。この数年でローティン層の<いじめ>が俄かにクローズアップした。政府も対策に大わらわのようだが、所詮、型通りの制裁や代行義務による予防策では、成果は知れたものだ。この問題を体当たりで、さっさと片付けてしまったのが山田詠美である。かれこれ四半世紀も前のこと。われらがエイミーは14歳で、この国民的難問を単身クリアーした。

 問題がどれ程深く根を張ろうと、また呆れるほどひろがろうと、大切なのはいつでも自分を取り戻せる平静さである。都会の転校生が土地の風習や方言に馴染めず、思いもかけぬいじめに会う。きっかけと言い、様々な手口と言い、これがいじめの正体、と言い切れるくらいに、実によく書かれている。まるで、いじめが文学の肥やしでもあるかのように。追い詰められた主人公は自殺を図るが、家族の気配の雫にあたり、爽やかに断念する。

 「おおい。いい加減にもう寝なさい」
 寝室からの父の声に飛び上がらんばかりに驚いた私は、音をたてないように部屋に逃げ帰りました。心臓が、どきどきと伸び縮みしています。机の上には書きかけの遺書があります。私が死ぬ決心をしているちょうど同じ時に、母と姉は私のためにシュークリームを焼く相談をしているのです。愛情というのは、私とは別の所で動いているのです。私は泣きそうになりました。もしも、明日、シュークリームを焼いた時に、私がいなかったら、あの人たちはどうするのでしょう。

 この小説のクライマックスと思われるワンシーン。如何にも太宰調で目のやり場に困るが、どうやら師の影は踏まず、全く正反対の方角へ歩み始めたようだ。いじめの河を渡りきるのに、やさしさや勇気は要らないことを彼女は肌で知った。
 「(私は、)全然平気だったわ。いじめっ子をひとりひとり殺していったもの。」
  偶々、盗み聞いた姉のこの言葉の力で、ちまちました手編みの花籠のような自責の念は覆り、突然、<魅力ある女>に目覚める。あとは、この天性の武器を最大限に使い切るだけでよい。

 「鳥獣戯画という素敵な絵」云々、と嘯いたところで、お行儀のよいお花畑に異議申し立てがあるわけではないのだ。寧ろ<性ドゥルーズの小さな花>として野に散る覚悟でペンを執ったに過ぎない。直木賞受賞作品「ベッドタイムアイズ」をトリガーに、「指の戯れ」「ジェシーの背骨」等、次々とスキヤンダラスな話題作で気炎を上げ著者の、これは、全生涯の詰まった缶詰にきりきりと缶切りを捩じ込んだかの如き傑作である。

  「彼女たちは漠然とした危機感を持っているのです。私が吉沢先生を自分のものにしてしまったら、彼女たち全員の存在価値が崩れてしまうのです。」−何という開き直り、しかも自信たっぷりなバンプ宣言、可もなく不可もない教条主義者には実に身もふたもない話であろう。

 浅草のロック座に面白い踊り子がいる、との噂が持ち上がって間もなく、文壇にデビューした艶やかな妖精、彼女の出自の背景には、ユニークな先見性と、逞しい問題解決能力が隠されていた。文壇のセンセーで終わらせるには、惜しいような気もするこの人、ジャンヌ・ダルクもどきの立志伝中の女傑である。

 

 

 


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