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日付:

2012/07/25

タイトル:
月光遺文
著者:

竹下洋一

出版社:

洋々社

書評:


  よせばよいのに末尾に福島泰樹の麗々しい解説文がある。かく言う中也フリークの私も、この手の歌人は大嫌いだとまずお断りしておかなければなるまい。野趣に富んだぺダンティストと言えば少しは聞こえがよいかもしれない。オソルベキは「中也絶唱」(この場合のオソレは全身がぞわぞわとなる生理的悪寒のことだが)、気の弱い人はみんな長渕剛そこのけのライブに腰を抜かしたことだろう。あのいかつい風貌で喚き散らされてはひとたまりもあるまい。ありがた迷惑もここまで度を越すと、ただでさえ落ち着かない冥土の塒で腕白法師は何度寝返りをうったか知れたものではない。この前言は実はこの書評の隠し味である。

 さて、<わが内なるオーム>と作者のあとがきにある。恥ずべきテーマであることには寸毫の疑いをいれないが作者の天性のリリシズムは些かの狂いもない。福島は美しすぎると批難する。また、このようなおぞましい事件は歌うべきではない、と。そうだろうか?ここが肝心要なのだが、おそらくは何もかも承知の上で敢て、遠まわしにだが師敵対的に歌ったものであろう。静かな闘志を漲らせていた相手はアサハラならぬ、これも結構醜い権力のミニチュア版、フクシマ御大であることに間違いはなさそうだ。ところで作者はその気にさえなれば、世間を惑わし兼ねない危険思想の持ち主、ラフマニノフの繊細な情熱とラスコリニコフの過激な思想を併せ持つ紅顔の美青年、「穏健なテロリスト」と言えば、当たらずとも遠からずだろう。ともあれ、この歌集はサリン事件の渦中にあって次々と霊感を得た<月光遺文U>の連作を軸に回り始める。

 猫という黒き獣膝に抱き明日を語る女と過ごす

 木犀の光溢れる停車場に去り行く時の目深き帽子

 猫も帽子も目的格のスッポリ抜け落ちた革命讃歌のシナリオを揶揄するにはお誂え向きのお洒落な小道具なのだが、あに図らんや、ずしりと重く手ごたえ充分の敗北感だけを抱え込む。

 致死量のその寸前を計りつつ膝より崩れる廃馬を思ふ

 フクシマとは土台、眼のつけどころも精神の高さも違う。まさしく直喩にして暗喩、勇み足としか言いようのない奴さんの一刀両断の悪夢、直喩のお化けなんかでは絶対にない。ちなみに「逆光に脱走信徒の影の燦爛」は遂最近メディアを賑わしたばかりではないか。

 花火幾千遠き祭りを一抜けて廃線鉄路は茄子を耕す

 未来は旗のはためく方角にあって、あくまでも生活は生活である。いかに誤爆であろうと過去は背景を明るくする花火、誰もが正しく泣けないし笑うことも出来ない。

 まといつくナーシャの首を絞め死なないでもう生きないで猫

 この美しいフレーズに「地獄の季節」の酔いどれ詩人・ランボーの切なくも悲しい優しさを感じるのはひとり私だけだろうか?

 「竹下は蝶の採集家でもあったな。富士には不吉がよく似合う。」

 なーん、ちゃって!プール・サイドにどてら姿で饅頭をパクリ、言わずもがなの利いた風、浅薄極まりないトーク番組の業界用語では、これを「噛む」と言う。そろそろ、おわかり頂けましたか、フ・ク・マ殿?師に担がれた弟子は哀れだ、と。
  


 

 

 


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