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日付:

2010/12/14

タイトル:
ハリー・ポッター/現代の聖書
著者:

島田裕巳 

出版社:

朝日新聞出版

書評:

 

 

 「ハリーは切れ者よ。でもホリー、貴方はお人好し」−これは名作「第三の男」の女主人公が秘かに想いを寄せる男友達を袖にした時のセリフである。名は体の如しとか。ちなみにハニー(ファニー)・ポーターでは如何にもしまりが悪い。これでは<暇つぶし>か<チンケな運び屋>くらいのところだが、ハリー・ポッターなら時代が勢いづきそうだ。案の定、用意周到でしたたかな作者の筆に乗り、その名に相応しい11歳の少年が魔法を使って大活躍、世界中の少年少女を魅了した。時恰も9.11事件で騒然となった世紀の変わり目である。たまたま才覚を表した無名作家の一過性のお伽噺に過ぎないのなら3億人の魂を揺さ振りはしまい。空前の社会現象となったロングセラー本を通して時代の要請を探るべく、いち早くトライしたのが本書である。

  ファンタジーの分析は宗教学者としては異例の試みだが、神話と儀式がリンクした生活習慣への社会学的アプローチなら的外れではない。「ハリー・ポッター」は旧約聖書に対置された現代の聖書、新約聖書ならぬ超約聖書(スーパー・バイブル)であり、「ナルニア国物語」「指輪物語」「ゲド戦記」の三大傑作とは別の切り口から構想された異色ファンタジーである。―そんな著者の評言には何の違和感もない。ところで、元祖ファンタジーと言えば創世記、「失楽園」はその中心テーマだが、性の営みと生死の繰り返しが<原罪>の観念を、兄弟殺しに始まるエデンの東の住民の罪の連鎖反応が<性悪説>を動かしがたいものとし、今日では信仰の根拠となっている。では著者が主張するハリポタが現代の福音書である所以は何処に在るのだろう。

  冷戦後の混沌と混乱が善悪の二分法を破壊し、普遍的な価値観を無効にした。いわゆるポスト・モダンの到来がそれだが、巨悪の源泉としての資本主義社会に呑み込まれ、自発的な動機による状況判断自体、良くも悪くも偶然性を免れない。文化相対主義的な政治を嘲笑うかのように、過激な原理主義が台頭し、ややもすると無差別テロが聖化されかねない。同時代の証言者でもあるハリー・ポッターにシンパシーを感じる読者は多い筈だ。著者の解説を待つまでもなく、貴種流離譚と怪物退治の基本的な枠組みを越えた物語の予想外の展開と思想の深化は、構想10年、執筆期間7年の確かな年輪をファンの実年齢と重ね併せて主人公の成長の中に読み取ることが出来る。このような読書体験には教条主義では得られないファンタジー特有の<イニシエーション>ならではの成果がある。世の中の知識(この場合は魔法)は自分探しのきっかけに過ぎず、あくまでも子供の運命は肉親の愛情で決まるものなのだ。誰もがクライマックスでその感に打たれる時、「ハリー・ポッター」は幼児教育のテキストならぬ、幼児を持つ肉親への啓蒙の書となっている。

 土壇場まで予断を許さぬ<悪の権化>もニアミスによって何時、わが子の究極の姿となるやもわからない。どれ程多くのママゴンが手に汗を握りながら17歳のわが子の卒業式を迎えたことか。






 

 

 


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