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日付:

2005/11/17

タイトル:
走れメロス
著者:
太宰 治
出版社:
舵社
書評:

 

 才能は権勢欲に応じて、大きくも小さくも羽ばたくものらしい。そうではなく、厳正な位階制がある、とでも言うべきか。太宰が中也と酒場で角付き合わせた一件は、大岡昇平の手記で広く知られている。さしもの無頼漢も天才には歯が立たぬ。−キラキラ輝く中也の星座に肩透かしを食わされ、面目丸潰れのモラリストは石炭の如し、とか。

 そのひとにして、この傑作である。昔の文士は凡愚を手玉にとる手管には余程長けていたものらしい。この大先生が輩出する素地とも言うべきは底なしの闇である。戦後の敗北感は太宰に自由を与えたが、善悪の泥沼で溺死する八方破れの暴力ともなった。

 長いこと、「走れメロス」は忠犬物語とばかり思っていた。主人の死の伝令が20世紀を走り抜ける。そんな突飛なシナリオに置き換えられたに就いては、思い当たる節がなくもない。確かに原作はハッピーエンドで、十字架は血に染まらず、万事が事なきを得た。しかし、この絶対善も、「グッド・バイ(未完)」のわけのわからぬ道義心となり、遂に「ヴィヨンの妻」では奇怪な背徳行為に成り下がってしまう。溺れる者、藁をも掴むのパロディとしてもなんら遜色ない、よく出来た思い違いということになりはしまいか。

 集中力を欠いた断片的記述が、短篇作品となって一人歩きするのだが、それを寄せ集めたところで一向に具体的な像を結ばない。こういう不安は絶えず死の観念を抱え込む。中也にとっての「死んでやる」は、太宰の「死にたい」であった。特権と義務の、詩と散文の、幾分出鱈目な直談判を通して、近代的自我が眼をパチクリさせている。挙国一致の統制経済の破れ目に思わず足を滑らせたというところか。

 

 

 

 


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