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日付:

2013/03/16

タイトル:
「法令遵守」が日本を滅ぼす
著者:

郷原信郎 

出版社:

新潮社

書評:

 

 道徳はその本性上も自己目的的な価値を持つ。だが法律はそれ自体では意味をなさない方法論か道具立てに過ぎない。ところが「法律だから気持ちはわかるがどうしようもない」「あ、そうでしたねえ」――万事がこんな具合ではお手上げというものである。本当の気持ちをおさえてしゃしゃり出るのは単なるお節介でしかなく、おまけに処方箋にもならない六法全書が相手では、とんでもない災厄というものであろう。あくまでも社会的な責任が問われているのに、法令遵守社会では法律の名を借りた<割れ鍋に閉じ蓋>式のまことしやかな論法がまかり通るばかりなのだ。恐らく現行法には実害を数えあげたらきりがないくらいの底なしの欠陥があるに違いない。

 日本人の身の丈に合わないエルメスやアルマーニと一緒で法律も舶来品である。しかもオートクチュールが主流のヨーロッパとは打って変わったお手軽なレディメード趣向のお国柄でもある。汗水流して原型を鋳直すくらいなら、少々窮屈でも型に嵌ろうとする。いつの間にか靴に足を合わせる軍隊式の自己欺瞞の習慣が身についてしまうのだが、この大衆的合意が「法令遵守」である。一体全体、最強のゾンビ軍団は何のために守りを固めたがるのだろう。よくもわるくも訴訟社会のアメリカは判例主義だから、その都度、正義の鉄槌で規範を叩き直す。コモンローの伝統精神に培われたイギリスは市民意識が高い。我国のような成文法による思考停止社会では、ブラックボックスのような条文の檻に閉じ込められた良心は、余程の国難でもない限り日の目を見ない。その上、オカミ崇拝社会だから武士に二言なしが国是となる。

 法的責任を果たすことと社会的責任を果たすことは必ずしも一致しない。法の器に納まりきれない部分が法律の名で責任遁れのままであることも珍しくない。皮肉なことに条文を細分化すれば却って道徳心が薄れる。本書は誤解されやすいタイトルだが、誤解がそのまま正解の場合だってあることを思えば、むしろ怪我の功名と言えまいか。「法令なんか守らなくとも良い。法令は社会正義の影のようにちゃんとあとからついてくるじゃないか。影をたよりに歩く愚か者はいないだろう」というわけである。条文主義で功罪を論うことの難しい分野に談合やインサイダー取引など、経済合理性の危うい均衡に支えられた微妙な問題がある。被害者あっての犯罪行為に、一線を越えたくらいでは簡単にレッテルを貼れるものではないが、犯罪を特定することよりも犯罪を未然に防ぐことの方がより望ましいのは言うまでもない。そのためにも種々の法令ではなく、人間的な規範による社会制度を根底から見直す必要があろう。そもそも法令は守るものではなく忘れるものとしてある。所要の外出先で箪笥の抽斗のどこに何があるかを一々思い出す必要があるだろうか。少なくとも、いま身につけたものから始まる世界の問題ではなさそうである。一頃マスコミの寵児となって毀誉褒貶の激しかった六本木ヒルズのホリエモンは現行制度の盲点を突いた「篭抜け増資」による白昼堂々の愉快犯であった。



 

 

 


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