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日付:

2023/03/28

タイトル:
法律家の事実認定能力
著者:

宮崎乾朗 

出版社:

雪書房

書評:

 

 一読「法曹界のスーパースター登場か」と唸らされたものだが、本書が書かれたのは、4半世紀も前のこと。もしご健在であれば、これほどの傑物ゆえ、人生にオマケがついて今頃は悠々自適の境涯であろう。自分がそうだからではないが、「法律家の事実認定能力」などという厳めしいタイトルに惹かれて手を伸ばすからには深刻な悩みを抱えている筈である。ところが本というものは読んでみなければわからないもので、これが滅法面白い。落語の三題噺めいて肩が凝らないばかりか、眼からうろこのユーレカ!の連続なのである。この「新・学問のすすめ」は初版以来5版を重ねた隠れたロングセラー本であった。

 この命題は「法理形成能力」とセットになった法廷対決で人間ドラマの明暗を分かつことになるのだが、二転・三転、チャンネル一つでレスリングにもなれば相撲にもなる、トリッキーな法律の舞台裏がチラホラ垣間見えて興味津々。世の中、アイロンで皺を伸ばすようなのっぺりしたものではなさそうである。ヴォルテールもどきの皮肉がこんなにもポップなのはやはり時代を感じさせるが、法律が法令遵守ではなくセンスの問題だとは気がつかなかった。中学生レベルの数式で交通事故の証言の嘘を見抜き、キャリア婦警と援助交際の女の子の比較考察から出来すぎた犯行動機の作文も見抜ける。パンティとズロースの違いも判らずに法廷で失笑を買った弁護士の証人尋問と原告の食い違い証言。裁判官の厳密な証拠審査の結果、告訴状の誤字脱字が原因で人格障害の疑いにまで発展して一審で敗訴した牛肉盗難事件、結局は善菅義務違反で損害賠償請求が成立したのだが、これなどは小学生の国語力が最高裁まで持ち越されなければならなかった笑えないポンチ絵である。扉のサブタイトルが「雑学とケチの効用」とあるように、法律の隙間を埋め、法文を完成させるのはどうやら普段見落としがちなごく身近で些細な耳学問のようである。あれやこれやの盲点探索は面白いだけではない。「このような無謀な運転者がいることを予想して運転する必要がないこと」を理由に運転不注意の過失を免れた一件など、事実上も文面上も当たり前のことがいかに脳の片隅に追いやられ忘れ去られているか、に気づかされ愕然となったりもする。

 厳粛と滑稽が紙一重の世界にまともに向き合わされている法律家ほど味のある人生を歩む者はいないだろう。




 

 

 


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