トップページ
 古本ショッピング
 書評
 通信販売法に基づく表記
 お問合せ


 

 


日付:

2009/8/15

タイトル:
犬たち
著者:

レベッカ・ブラウン  柴田元幸(訳) 

出版社:

マガジンハウス

書評:

 

 夢と現実に引き裂かれた半具象画家、デ・クーニングやアシール・ゴーキーの凄惨なタブローを思わせる驚くべき表現技術。この小説は記号化された「犬たち」が画面一杯に処狭しとばかり描きこまれた精神の動態図鑑でもある。それらをパワー全開して、不条理そのものと化したのが、カフカの「変身」の世界にほかならない。小説的手法だからこそ再現可能なありえない現実の姿、しかし、シュールレアリズムと呼ぶには余りにも身につまされる、この説話の世界では、有無を言わせない圧倒的な女性性の支配下にあって、息付く暇もない混乱にも拘らず、何よりも著者自身は泰然自若の感がある。

 本国のアメリカよりも我国に熱烈なファンの多いレベッカ・ブラウンだが、彼女の作品を特徴づける虚無の幻惑に彩られた受難劇は、その根底においてオリエンタルな諦観の思想に貫かれているのかもしれない。各章ごとに振分けられた道徳概念は、第1章 <犬―神の内在について>で始まり、最終章の<子供―慰めについて>で一巻の構成が締めくくられている。幾分当てずっぽうで投げやりな、夫々の章句は衒学的な背徳の薫りを漂わせる場面展開の重要な鍵を握っている。もしかしたら、彼女の小さな部屋は、あの暗くミスチックなメルヴィルの海洋巨編「白鯨」の物語と共鳴し合っているのかもしれない。「犬」を「波」又は「花」に名辞転換したら、忽ち、この世ならぬ脅威に満ちた仏画の世界となることだろう。

 こうして、年齢不詳の独身女性の何の変哲もないアパート暮らしに、想像を絶する内面世界の苦悩のドラマが生起するのだが、彼女の住む部屋は他人との接点が完全に欠如した静かなシルエットのような生活空間だ。自己疎外のぎりぎりの情況を甘受し、社会人としての責務をわが身に問い続ける女修行僧の姿は、悪魔の挑発によってスポットを浴び、神の試練に耐え抜いたヨブの殉教像の焼き直しである。いみじくもアウグスティヌスの「告白録」の次の一節がエピグラムとなって、この奇怪な書物に聖なる息吹を通わせている。

 そして見よ、あなたは、あなたを逃れよう

  とする者たちのうしろから迫り、
 復讐の神でありかつ憐れみの源である

  あなたは、この上なく不思議な手段で
 私たちをあなたの方へ向わせるのです。


 

 

 

 

 

 

 

 


全目録 海外文学 日本文学 芸術・デザイン 宗教・哲学・科学 思想・社会・歴史 政治・経済・法律 趣味・教養・娯楽 文庫・新書 リフォーム本 その他