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日付:

2005/09/16

タイトル:
遺跡になる町
著者:
上林猷夫
出版社:
日本未来派発行所
書評:

 

 熱い手が空中をまさぐる。

 言葉は呪詛のように暗闇の中に塗り

  込められ

 濃密な温かい体液が

 とめどなく肉体の管をしたたり落ちる。

 昭和とは、こんなにもやさしく熱く頼りなげな時代でもあった。詩語になり切らぬ内面のモノローグ、生活者の背後に見え隠れする懐かしい風景。今、作者の中で何かが崩れ何かが立ち上がろうとしている。影絵のような回想場面にスポットライトを浴びせられたら瞬く間に消えてしまうだろう。そんな肉体の暗闇から魂を手探り寄せ、己に似た姿で顕現させるほか生きるすべはない。

 「蒼い海」の最終三連はこんな風に結ばれる。

 やさしい女の手に促がされ

 時間のない蒼い海の上を飛翔する。

 声はまだ帰って来ない。

 「やさしい女の手」は時代の確かな回答への作者の願望であろう。しかし、歯車は噛み合わず時計の針は現実の時を伝えてはいない。敗戦の傷を癒すことだけで日々はむなしく過ぎ去ってしまう。記憶と未来の間に子どもたちの元気な声は聴こえない。あれ程、荒れ狂った海も、今は只、胸に手を当てて横たわる聖者のようだ。

 詩語になり切らぬから詩でない、という勿れ。却って、詩的良心によって、どんな詩よりも詩である筈だ。反戦詩、抵抗詩、象徴詩、それらの意匠が不純とすら思われる位、淡々と内面を吐露するだけの筆遣いの誠実さ。図らずも後世の詩作への礎石となった、この事実こそ偉大なのだ。

 作者は自己への厳しい凝視と諦めを日常の風景に重ね合わせることで、芸術的な戯画を描き続けた。

 あの老人は

 長い間いろいろなつきものを

 ひとつひとつ落してきたので

 あんなに軽く痩せてしまっているのだ

           「公園」

 

 

 

 


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