紙にも裏表があり、道端の石ころでさえ影を作る。人の心に魔物が棲むのもむべなるかな。まして魑魅魍魎が跋扈する世となれば、守勢の生き様自体が変容を迫られずにはいない。「一期は夢よ、ただ狂え」と閑吟集にもある。そんな時代に一休は生まれた。
一休、あまり有難味のない呼称だが、全的停止、宇宙大のモラトリアムの含意によって挑発的である。この僧号、「どうか地獄に落さないで下さいまし、冗談抜きで」と言う狂態に実に似つかわしい。事実、ディベートと詩才に長けた稀代の世捨て人は大詩人・ヴィヨンに似て、中世に於ける自由人の典型と言えそうだ。
本書に描かれているのは、そんな乱世の空気を深々と吸い込み、五百年を喃喃とする現在も尚、新鮮な毒気を吐き続ける一休禅師の等身大の姿である。ヨーロッパの文藝思潮には取分け造詣の深い栗田氏だが、いつの間に里帰りしたのか、我国古来の典籍の渉猟に忙しい。氏の歴史考証には別に仔細があって、現代を読み解く為に、古文献を代入すると言う念の入れようである。予てより現代を歴史に学ぶという態度・言説には定評があった。
権威を笠に着た僧職の堕落はいつの世も目に余るところだが、この点でも一休は骨の髄まで反逆者であった。後世の作とは言え「一休とんち話」に散見する現実肌の柔軟な思考には些かの誇張もない。しかも、禅の公案すら茶化して無効にしてしまう天衣無縫ぶりである。その他の改革は押して知るべしであろう。何れにせよ人間の本性に逆らわず、聖徳の師として慕われるには、相当の「珠」でなければならない。事実、貴種流離譚に相応しい一廉の人物として、その皇胤説の信憑性も中々らしい。
自殺未遂の直後、生涯の師に出逢い、兄弟子との確執にも屈せず自己研鑽に励み、佛意を得る。神童、貴公子、破戒僧、波乱万丈の八十八歳の生涯を全うし、自らの尊像を造らせ廟に祀った。髭や髪まで植えつけたかなりレアルな木像は、信者としてどんな心掛けで臨むべきか、一休一流の謎かけの意味もあったに違いない。仏像の様式化が一定のレベルに達してはいたものの、沈滞気味であったから、この破格の工法は一際生彩を放つ。本堂からは隔離して安置されたが故の存在感と言えなくもない。
大悟して悟道を断つ、何のために一喝されたかは自分で捜す。この派の流儀によれば師弟の腐れ縁は今生に留まる。天晴れ、独立自尊。−近代的自我を先取りした歯切れの良いリゴリズムがここにある。
一休はもとより傑出した人物にとって、無は最高の頂き物である。何ものにも捉われない心だからこそ、感動も新たに今日的な意義の再確認が出来る。苦界浄土を遥遥越えて、漂流する目玉のようなメッセージが波打ち際に届く。栗田氏の力量もさることながら、本書は一休禅の真髄を伝えて余りある。
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