なにやらホラーっぽいジョークすら感じるタイトルだが、これは西脇順三郎の「旅人かへらず」のパロディ。勿論、種本はハムレット。ところで、いずれが菖蒲か杜若といった桃源郷でひねもす詩的僥倖状態にあるお二人だ。ハムレットの悲壮感は相応しくない。どちらも本筋のところでは言葉の輪の中心命題に戻るのだから、<帰らず>は<帰る>と同義と言えなくもない。本書は大先輩で大詩人の言霊に充分敬意を表した上で、些か神妙な借用に及んだもの。ともあれ、この詩集一巻、図らずも彼の遺書となった。西脇順三郎は今もかの岸に向けて長大な吊橋を延々と渡りつつあるが、田村は酒で文学の流れを作り、詩も翻訳も、酩酊の花となって、河の面に漣を作る。但し、酔漢・田村隆一は気功か八卦占いよろしく、ここ一番と言う時、背筋をぴんと伸ばして始まりと終わりを鄭重に束ねて見せる。肯定的で力感のある辻褄合わせ、しかも粋な芸風である。ちなみに、彼の思考のモダニティは自らをこんな風に切り結ぶ。
ぼくの墓碑銘はきまった
「ぼくの生涯は美しかった」
と鳥語で森の中の石に彫る
人語ではなく鳥語でなければ語れない美しさ。勿論、作者不在の侭、屹立するこの墓碑銘には無数の鳥影が過ぎることであろう。だが、その陰影の深さは沈黙によってしか推し量れない。かつては<四千の日と夜>の森の中で、「燃えろ、鳥」と声高らかに歌った田村だ。灰の一粒が情念の証として記号化された深夜、誰にも気兼ねすることなく「灰色の菫」というバーに入り浸り、ブランデーや木の香りを楽しんでいるのかも知れぬ。
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