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日付:

2005/10/15

タイトル:
鍵のかかる部屋
著者:
三島由紀夫
出版社:
新潮社
書評:

 

 ラクロの小説「危険な関係」は多くの読者を魅了しただけではない。「危険な関係」という新しいテーマが物書きの創作意欲を掻きたてたので、この魔法の定規さえあれば誰だって傑作のひとつや二つ書けそうな気がしたものだ。当時、グーデンベルグ以来の出版革命と騒がれた。

 ラディゲの「ドルジェ伯の舞踏会」を見よ、恋愛幾何学の黄金比がここにある。と三島由紀夫は言う。だがひとは既に遅きに過ぎた。もう灰しか残らない。何となればそこらじゅう「危険な関係」だらけ、と言うか「危険な無関係」だらけ。だから生きようと思わないわけではなかった。生きられそうにないのだ。そして、誰もが灰の一粒から不死鳥のように飛び立つとは限らない。ひとも知る、自衛隊・阿佐ヶ谷本部の異常事態は寧ろ例外なのだ。夭折に憧れ、一回性という爆弾をしこたま抱え込み、何とも凄まじい狂態となった。あれは文学が絵空事でなくなった瞬間である。

 プラトン以来、「観念」と「肉体」の火遊びは碌なことにならない。こころなんてものがあるから年をとる、五臓六腑もろとも抜き取って、剥製にしてしまえばよい。感情の漣を悉く消し去り、知性の上澄みにヴィジョンを定着する。文学上の確信犯は何時だって些か観念過剰気味なのである。だからこそ火だ。暴力の欠片としての死だ。

 「鍵のかかる部屋」に鍵をかけ、主人公の青年は9歳の女の子と閉じこもる。どちらかが血を見なければ生きたことにはならない。このおぞましい背徳的な命題が初潮を合図に、外部の沈黙を引き裂くことになるのかどうか。お屋敷のお嬢様の実母であることを明かされた女中に手を引かれて、奇怪なメフィストフェレスの世界に遊ぶ。なんとも救いようのない実験小説だが、読者の想像に任せることでペンが擱かれてしまう。三島由紀夫は生涯、この部屋の鍵を握ったままであった。しかも本人はいつも扉の外に立っている。それに鍵穴は覗くためにある。彼は本当に死んだのだろうか。いや、生きなかっただけかも知れない。

 「自殺」が暴力に就いての花のような観念となって枯れ萎んだマラルメは、如何にも詩人らしいホンネを吐く。状況による死は三面記事でしかない、と。ミシマの名誉のためにもこの慇懃無礼な神託をなんとかしなければならない。

 

 

 

 


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