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日付:

2004.9.14

タイトル:
介護入門 part 2
著者:
モブ・ノリオ
出版社:
文芸春秋
書評:

 はやく帰っておいで。これは親心。

 しかし、良いことばかりではないぞ。

 蜘蛛の巣だらけの日常を破り捨てると、エイリアンのお婆ちゃんがいた。それも寝たきりの姿で。(ひとりで亘れるかな、地獄の風は涼しくなんかないぞ。)このあたりがどうやら正念場と見えて、胡散臭さではお互いが退けをとらない親族会議。咳払いひとつで席を立ち、鼻を咬むやらトイレに向かうやら、あちらこちらに散らばる気配。綺麗ごとは通用せん世の中やな、そんな持論が口癖の伯父が腕時計の針に合わせて、真っ先に靴紐を結んだ。ひんやりとした眼の空気に包まれて甲斐甲斐しい夢が膨らむ。

 母子手帳の一行目にお婆ちゃんの名前がある。莫大な国費が掛かっている訳ではない。生涯の暮らしが保障されている訳でもない。ここは我が家の方針でゆく。この金髪頭はどうか知らんが、マリファナとロックがお婆ちゃんの心臓のビートに最高に良く合うんだ。どうやら思い切りだけは天下一品の介護の始まりだ。

 こうやって孫の温い手に自分があるつう感じはどうやろ? どうもこうもありまへんがな、生きるだけ生きんとな! Mgがほぼ適正。ちびれば小吉、うんこは大吉。ぐうたら仕掛けのラップ調介護やけん。ギターのコードで大火傷。おしめも洗うごつい手だ。浪花漫才の手つきもこんなかな?閻魔様には内緒だが、棺桶に寸法合わせる生き方はご免だね。・・ホンマ、冗談にしろキツイがな。

 介護をまともに扱った文芸作品は、私の知る限り、ナイチンゲールの「看護覚書」とイザベル・ランボーの感動的な手記(邦訳・捨身と信仰)があるくらいで、これは三冊目。ランボーの鋭い弦の中断と、このお婆ちゃんの長すぎるベースのイントロでは大違い。古の聖女列伝の馥郁たるスカトロジーとまでは到底いかないが、時代の閉塞感からの回復過程ぐらいには言えるかも。そんな例話としての落着はある。これは余談だが、看護介護では100年以上の意識の懸隔があって、これが事実上、中々一筋縄ではいかないらしい。今日的な問題を提起しながら、この老化と病い、まだ同列とも二項対立とも言い難い。

 実はこの似て非なる死因、最初、問題になったのは戦場である。クリミア戦争の闇を縫って流れる兵舎のランプ。あの白衣の天使こそ、今で言う経済企画庁のエージェント、彼女は非情の眼で戦力と戦費を秤に掛けて死者を選別する。兵士の眼を醒ますまいと気を配り、その為にも自分が二本足であることをどれ程呪わしく感じたことか。当時、皿に載せられた弾丸よりも、はるかに死者の数の方が多かった。弾に当たれば勲章ものだが、国家予算を軽く見てはいけない。戦場のトピックス、例え新しくとも無菌状態とは限らないではないか。

 はやく帰っておいで。これは親心。

 しかし、良いことばかりではないぞ。

 蜘蛛の巣だらけの兵舎の幕を開けると、兵隊の山が崩れた。それも五体満足の姿で。掌を当てると火のように額が熱かった。

 

 

 


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