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日付:

 

2007/03/08

タイトル:
蟹工船
著者:

小林多喜二

出版社:

岩波書店

書評:

 

 「地球は青かった」この一言が文明を文化に変えた。如何にも宇宙時代の幕開けに相応しい名コメントである。身体で浮いて心で帰還する未来の使者たち。宇宙に出ると心を洗われる思いがすると彼らは口を揃えて言う。中には頚を傾げたくなるような風変わりなコメントもある。「地球には国境線がなかった」−止せば良いのに、これが記者団に語った結構大真面目な回答。心は洗われても才能までは授かりはしない。こんなお説教じみた発見に、どれだけ予算が投じられたことか。

 負けず劣らず嘘っぽいのが「人命は地球よりも重い」。−おい待てよ、じゃあ何かい、地球に命はないとでも? 発言者の名前を思い出せないくらいだから、中身がその人の目方でしかなかったのだろう。次善の策の口裏あわせに過ぎぬ、辛気臭い暴言は、親テロリストの裏返しのメッセージとも取られかねない。道理の逸脱が様になるのは天才だけである。因みに、妊婦ブロイラー発言で顰蹙を買った厚生省のお役人はどうだ。忽ち、天敵が現れ闘鶏場の雌鳥よろしくバタバタと噛み付いたではないか。女性の人権以前に、人命軽視が問題なのに、こんな修羅場には命の種なんか蒔かれない方がよいのだ。

 「蟹工船」は語るべきではない、唯、読まれるべきものだ。プロレタリア文学の何たるかを理解するには、この不朽の名作一巻があれば足りる。但し、教条主義者たちの単なる符牒合わせや、我田引水のアジテーターの虎の巻としてではない。本場の中国・ロシアが競って逆輸入するくらい完成度の高い作品である。凄惨極まる「蟹工船」の生産現場は資本主義社会の盲点となって、イデオロギーの海に揉まれていた。領海侵犯が国策なら不法就労は天下の懐刀だ。「蟹工船」に書き込まれた1対40の核融合比は反権力装置となって革命前夜に突入する。

 人間性重視の社会は、誰もが喜んで搭乗し、心を洗われて帰還する「宇宙船」のようなもの。同志として必ずしも党活動に殉じたわけではない小林多喜二だが、列聖伝に記された殉教者たちのオーラに溶け込み、地球をすっぽりと包み込む。愛は藍の色?その掛替えのない色を損なう権利は私たちにはない。

 

 

 


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