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日付:

 

2007/01/31

タイトル:
ケネディのウィット
著者:

ビル・アドラー 編/井坂 清 (訳)

出版社:

扶桑社

書評:

 

 アメリカの民主主義は下半身が札束で上半身が言葉で出来たキマイラだ。ロビィストのパーティに担ぎ出された大統領の御託宣が画竜点睛にあたるだろう。問題は、ミサイルの最新兵器が、コンセンサスの要となる場合である。これは共和党政権の自家薬籠のデマゴーグには必要不可欠。言葉の壁に亀裂を走らせる噴飯物のボキャブラリーが燻っている。確かに雑言は爆音以上に耳障りではある。だからと言って人騒がせなボタンを押すこともあるまい。

 背広にネクタイ姿で世界を動かした、海軍あがりの奇蹟の男・ケネディは言葉の本来性に目覚めた数少ない大統領の一人。キューバ危機で男の中の男を世界に知らしめたあとは、兵器一式は子供騙しのがらくたに過ぎないものとなった。少なくともダラスの凶弾に倒れるまでは・・・。一体、誰がこの丸腰の男を撃ったのか? 雑言は爆音によって掻き消され、疑惑は一層、闇を深くしたが、第35代大統領の血染めの旗は日々輝きを増すことになる。

 大統領選で飛び交う感性の矢を「ケネディのウィット」と題して束ねた本書は、勝利のモニュメントであり、爽やかな紙の爆弾である。その巧みな弁舌には、挙げた手を下ろし固めた拳を思わず開かざるを得ない、キリストの話術にも似た説得力があり、控えめな態度と相俟って、人々の心の奥底に強く働きかけるものがあった。ケネディの魅力は外見の華やかさにではなく、裡に秘めた静かな平和主義にこそある。自己顕示欲ばかり旺盛で中身のない政治家のイメージや、実現しそうもない公約の誇大宣伝やらを、指一本触れずに破壊し得たのも、そのことと無関係ではない。

 栄達の道に美談の花が咲くのは偶然ではない。しかし、それが天与のものであることに気がつかない偽善者は、ここ一番という時に躓く。ジョークの達人で文人画家でもあったチャーチル英首相は、好戦的なアングロサクソンの血が災いして、兜をパレットにして絵を描いているように見える。レーガンは髭を剃り落したスターリンのようだから、花で飾られた硝子張りの棺がお似合いなのだろう。だがケネディばかりは、彼の住む神話の森に火を放つことが出来ない。そのくせ、路上の少年と親しげに手を取り合っているのだ。

 闇雲な英雄願望も考え物だが、少年の心を踏み躙ることくらい危険なことはない。純粋な夢を蔑ろにした付けは大きい。未来そのものさえ灰色にしてしまい兼ねないからだ。ケネディだから出来たこと、そして少年の眼を通して、その夢を損なわずにケネディらしさを守り遂せたこと、ケネディの道に咲き零れる極上のウィツトの花はこんなところにあった。本篇の構成は編集の冥利とも言えそうなのでそのままの体裁で紹介することにする。

  西海岸への旅で、ケネディ大統領にある

   少年がこう尋ねた。

  「大統領は、どうやって戦争の英雄になっ

   たのですか?」

  なりたくてなったんじゃない。私の艇が撃

   沈されただけなんだよ。

 註:第二次世界大戦中、ケネディの乗船していた魚雷艇がソロモン沖で日本海軍の駆逐艦に真っ二つにされて沈没し、あたりが火の海に包まれたとき、ケネディは負傷した乗組員の救命ベルトを口にくわえて泳ぎ、六日後に救助されるまで部下の乗組員たちを励ましながら海上を漂流した。

  これを神々の物語と言わずして何と呼ぼう?





 

 

 


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