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日付:

2005/11/16

タイトル:
此処彼処(ここかしこ)
著者:
川上弘美
出版社:
日本経済新聞社
書評:

 

 嘆かわしい「みいはあぶみ」が息を弾ませて輪転機を曇らせている。そんな出版界に救世主として颯爽と登場したのが川上さんだった。この程、出版された久々のエッセーを読んで、ほっと胸を撫で下ろしたのはひとり私だけではあるまい。大人びた少女の妖しい面影は当時のままである。

 事実を書こうとすると手が凍り付いてしまう、だから「うそばなし」の小説の方が好き。と芥川賞授賞作「蛇を踏む」のあとがきにもあった。しかし、この本を読む限り、川上さんは、小説家というよりも、寧ろ稀代のエッセィストと言ったほうが良いのかも知れない。幼い頃、両親と共に移り住んだアメリカの思い出話から稿を起して、現在の身辺雑記に到るまで、作者一流の弁舌が冴える。その淡白で鮮やかな筆さばきは、日常の何気ない風景を忽ちオーラで包みこんでしまう。この一書を以て名エッセィストに相応しい賞を独占したところで何の不思議もない。

 広大なアメリカ大陸と島国日本、その途轍もないギャップが、幼い感受性に植えつけた強迫観念こそ「うそばなし」であり、もっと深い処で「わび・さび」につながる古典的資質の持ち主であるとしたら、川上ワールドも首尾一貫する筈である。卓越した表現上の雅地は、七歳まで母国語のいろはを知らなかった彼女の文章とは思われない。

 「パルタイ」で奇才を謳われた倉橋由美子の奥の細道に分け入り、思想の庵がこの人の終の棲家となるかも知れない。

 

 

 

 


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