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日付:

2013/02/10

タイトル:
国家の危機と自立の時代
著者:

丸淳一

出版社:

知道出版

書評:

 

 入門書が書けたらその道のプロと称しても差し支えあるまい。本書は社会問題の例解集のような、簡にして要を得た一般市民向けのいわば文部省推薦図書である。二足の草鞋が気になるのは、抹香臭さを天引きしても、政治色では二面神の胡散臭さが隠しきれないからだが、ローカルな講演活動に引く手数多の著者にとって、煩悩即菩提のサクセスストーリーではやはりなんとなくおさまりが悪い。その類のリスクを逆手にとることで、100歳でグリーンに立つことを宣言し、圧倒的なパワーでギネスブックの一頁を飾ったのが健康教の開祖、内田収三氏である。氏はあえてゴルフ狂を自認し、タレントそこのけのパフォーマンスを披露してくれた。「素人だからこそ価値があるのだよ」とは数ある名言の中のほんの一例、折に触れてユニークな自説を拝聴するたびに、只者ではないな、とつくづく感服させられたものだが、常人離れの全国講演行脚が敬虔なクリスチャンとしてのそれでなかったことは確かである。ちなみに氏の場合、健康とは病気にならないことではなく、元気であること。「死ぬことを忘れてしまった」等と、こともなげにご自身を笑い飛ばしたこともあった。氏一流のレトリックによれば、グローバリズムという今ではお馴染みの決まり文句も<世界の中の房総半島>となってこそ始めて意味を持つ。


  取り敢えず、それらの関係式は括弧で括ることにして、打ち眺めたところ、どうやら本書はメメントモリの世界。愛国心、愛社精神、エゴイズム(性悪説)の三本柱からなるセオリー構築のみごとなお手並みから察するに著者の家系は浄土真宗ではなかろうか。釈迦力を捨てることを浄土入りの条件と心得て、悪人として生まれ落ちたことさえ自覚すれば確かに肩の荷は下りる。旧・新訳聖書のエピソードの扱い方も実に手馴れたもので、学問的良心によってではなく、己の信仰の鮮やかな切り口でもあるかのように、人口に膾炙した名場面がリアルに描き出されている。言わずもがなの美談が絵空事に感じられるのが珠に瑕だが、所々で文意がふらつき語法の乱れが顔を覗かせるのも、年商40億の葬儀社を営む実務家として氏が多忙であることの証左であろう。

  なにはともあれ、洋の東西を問わず、今や世をあげて素人の時代である。それは社会の枠組みを超える表現行為が必ずしもアカデミズムを必要としなくなったことを意味している。美術の世界では、印象派の画家・モネの網膜劇場の光の祭典となった「日の出」が、セザンヌのプリズム再分割による構図法で「サン・ヴィクトワール山」に沈み、天体ショーが一斉に幕開けとなるや否や、キャンバスは満天の星屑のような芸術家一人一人の心情に委ねられた。ゴッホがその本能的な気品ゆえに崩壊家族のフォークロアとなって糸杉のように燃え尽きたのも、脱サラのゴーガンが楽園の住人となって生きながらえ、冷厳な文明批評を為し得たのも、自らの<生の様式>を信じることが出来たからである。アナログからデジタルへ、ネット社会の到来で新しい神話が始まろうとしている。それにつけても地域一番店に能書きは要らない。ペンは臍を擽るものではないし、献花も不似合いである。もしかしたら丸氏は<死の儀式>に則したトレード・オフで自己隔離の彼方から雪山童子のように現われるかも知れない。保守反動で業界のタブーを破り、シュトルム・ウント・ドランクの火花を散らすべく「普天間問題」は恰好の踏み絵となった。


 

 

 


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