核抑止力の行使ですっかり体力を消耗した米ソ二大国である。冷戦構造の瓦解が齎したのは核拡散の疑惑であった。一体、どのような管理体制になればよいのか。資源国の驕慢は侮りがたく、さしもの国連も南北問題では埒があかない。ヨーロッパが一つになったのも、アイロニカルな歴史の吹き溜まりでジレンマに陥ったからであろう。寒々とした辺境へ逆戻りする覚悟でもない限り、諸国間の鍔迫り合いは続けられまい。公民から国民へ、国民から世界市民へ、険しい道のりを思えばこその選択だ。なにはともあれ、「独仏戦争」以来、「第一次世界大戦」から「第二次世界大戦」へと、戦時下の混乱にどっぷり浸かり、その剥き出しのナショナリズムたるや最悪の事態を迎えたドイツである。慌しい周辺事態に鑑み、誇り高いゲルマン民族の末裔として、自国の名誉のためにも本書は世に問われねばならなかった。
瀬戸際か山場かはさておき、国家の説明責任くらい杜撰なものはない。ラ・マルセイエーズで盛り上がる映画「カサブランカ」のワンシーンではないが、身振りひとつで国威発揚に火が点くのだから、国民感情と言うもの、なんともはや、珍妙でやりきれない。漠然とながら端緒につき、攻守拮抗して燻り続けるナショナリズム。膨張路線をひた走る急進的なフランスと保守本流の内省的なドイツとでは、どうみてもそりが合わない。敵愾心がしからしめる国家形成、ここに著者の立論の思想的根拠もあるのだが、戦争の蛮勇すら、隣接諸国が蒸し返す外交問題の鞘におさまるのが歴史の鉄則である。前代未聞の逸脱行為としてのみホロコーストを扱うには無理があろう。しかし、起こるべく起こったにしてはおぞまし過ぎる。かかる国民的合意の根に触れるのはさらに難しい。そこで著者は反ユダヤ主義とナショナリズムの問題を括弧で括り、総合的な視野に立つことで、いざこざが絶えないヨーロッパ諸国の複雑なトラウマの正体を暴き出す。結果は見たとおり、人類浄化の処方に優生学が持ち込まれ、反キリスト教的な伝統破壊者であるユダヤ人を、獅子身中の虫として炙りだすこととなった。−この悪魔祓いのドクトリン、その筋金入りのシナリオは、其の侭、所謂アメリカ的なお門違いな「正義」への煙幕ともなった。
来日講演の原稿をもとに書籍化された本書は、名著「敵の祖国」、大著「さらば、過去よ」等で知られ、もしかしたらヨーロッパの政治通史を一変させることになるかも知れない著者の、気宇壮大な原典から抜粋・敷衍されたドイツ理解には欠かせないテキストである。本邦碩学の懇切丁寧な解説によって、必ずしも論旨明快とは言えない本文も馴染みやすくなった。
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