コルヴォー男爵という奇矯な名で知られ、世紀末のパリ・ロンドン・ヴェニスを渡り歩いた謎の男の数奇な運命を追って、本邦の碩学が現地に赴いて取材した渾身のエッセー。因みにコルヴォーは鴉の意、賢いが不吉な鳥に、彼自身の不遇が擬えられているが、男爵を僭称した理由は最後まで解らない。
神父に憧れ、神学校に籍を置くが、適性を疑われて放校処分となる。内心忸怩たる想いを抱きながら、文人画家を志すが、飲まず食わずの生活が続く。原稿料は安く、教会に納めたイコンは無償だ。パトロンも長くは持たず、下宿代の滞納で路頭に彷徨う。赤貧洗うが如き生活で健康を害して肺を患い、1913年・厳冬のヴェニスで客死。
<コルヴォー>即ち、凄絶。と絶句して稿を括る著者は、やりきれぬ想いを振り切って遺作の渉猟に奔走する。しかし、労あって功少なし。伝説の人を包む霧は深い。
少年愛とマリア崇拝が混在する男の脳裏は寒気に晒された純粋培養の世界だ。愛と赦しのカトリシズム精神に支えられながら、俗世間と相容れぬため、終生、孤独を強いられる。この人知れず鉱脈の底に眠る極上の原石が、全貌を現すまで、本書の著者のような地味な研究の積み重ねを要するだろう。
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