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日付:

2012/12/04

タイトル:
公務員の哲学
著者:

岬龍一郎

出版社:

KKベストセラーズ

書評:


 

 明治維新で国家の威信が保たれたか否かは、どうやら「文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ」の言葉通りのようだが、欧風一辺倒の模倣文明や文武両道のお題目で浮き足立ち国を挙げて踏み外した感がある。その傾向はエスカレートするばかりで、転換期には付き物の世相の混乱に乗じた奢れる権力も半端ではなかったらしい。そんな時代だからこそ歴史に残る逸材が生まれたのかもしれない。極東の一島国に関心が高まりつつある中で「草の葉」の詩人ホイットマンを「考えぶかげな黙想と真摯に輝く目」と驚嘆させた侍日本の街頭デモストレーションは旧知の中国人との比較において突出した美質だったのであり、そのまま当時のお国柄というわけではない。本書は「選ばれた者の義務と責任」を公の精神の中核にすえ公務員はどうあるべきかを、古今東西の珠玉のアフォリズムを借りて熱っぽく語りかける。それにしても「義をもって事を制し、礼をもってこころを制す」の矜持や「どう生きながらえるかではなく、どう美しく死ぬか」の武士道の死生観は公務員が衣鉢を継ぐべきものだが、悲しいかな、現状レベルでは微塵も感じられない。もともと生産現場の痛みを知らない武士階級である。持ち前のお坊ちゃまぶりだけが剥き出しになり商人以上に商人となってしまった。全くのところ、使途不明の手掴み予算やら公金横領やら無駄遣いやら、袖の下人事の無軌道ぶりやらスキャンダル塗れの報道は枚挙に暇がないくらいだ。庶民の模範たるべきこのひとたちに接すると修身よりも終身刑が相応しいとすら感じてしまう。

 御覧なさいな。一斉に白旗を揚げ軍艦を降りた横並びの兵士たち。法律で武装したこの殺し屋には顔がない。万能の利器と言われたフロンガスがオゾン層を破壊し、生態系が存亡の危機に立たされていることと思い合わせて背筋が寒くなる。道徳破壊に気づこうともしない彼らにとって、所詮、法律とはこの程度のものである。芸術家でもあった鉄舟は「法はあくまで形式にすぎず、人間の精神の実態ではない」とその本質を喝破した。しかし、手放しでその説に賛同しかねるのは、法を破った罪人に切腹を命じることで礼節を重んじた赤穂浪士裁判のパラドックスが厳然と控えているからである。それともう一つ、性善説・性悪説の対立概念も頑迷に立ちはだかる。生まれながらの善人に法律は無用であり、根が性悪なら棺桶のほかに監獄も用意しなければならないだろうからである。結局、法も程度問題ということになり頭の働きに過ぎないものとなる。宗教的な理念にとどまらない死刑廃止。いまや国際常識となったその微妙な経緯もわからず、いじめを放置し教育上の体罰を無効としながら死刑を国是とする思考停止社会の変梃りんさが透けてみえる。多々ある清貧の教えは聖者の影を踏むことなのか。ならば問わねばなるまい。明治の賢人いまは何処ぞ?権勢づくのキャリアは無論のこと、公務員志願者必読のテキストとして本書をお薦めする。

  

 

 

 


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