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日付:

2010/11/12

タイトル:
狂気の愛
著者:

アンドレ・ブルトン/海老坂武(訳) 

出版社:

光文社

書評:

 理性的であればこそ愛は狂気ともなる。ぺダンチックなコケ威しの世界の住人、シュルレアリスト。上品ぶった彼らの自意識過剰の裏返しがメタ言語の氾濫となった。自己催眠やら阿片吸引やら手の混んだ麻酔を効かせて文学のはらわたを摘出する手術、それは絶対へのやみがたい希求と裏腹な不完全なものへの嫌悪、とりわけ偽善臭が鼻を付くブルジョア社会への執拗な抵抗の儀式でもあった。マルドロールやランボーの自虐行為に及ぶ反人権宣言、かの有名な洋傘とミシンの解剖台での出会いやコンキュプラコスのような脳の怪物的培養、これらは安手のモラルの息の根を止める畸形願望にほかならない。地獄の天使を蘇生させるための人間解剖学、白紙委任状となった脳内自我の開放路線を狂気のペンはひたすら走り続ける。

 彼らの表現様式はフィクションとドキュメンタリーの垣根を取り払い、もう一つの地平を現出させる野心的な試みにほかならない。このシステム破壊を伴う暴力的なジャンル越えは性のタブーの侵犯と愛の領域の無制限な拡大となり、従来型の崇物的要素は微塵もなく、解釈が神聖文字で作品を牛耳るアレゴリーの世界である。ちなみに、髭を生やしたモナリザや「これはパイプではない」と題されたパイプの絵は、単なる韜晦や自問自答のポーズではない。神不在の時代にまともに向き合い自らが造物主たらんとした信仰告白である。本書は奇書「ナジャ」と共に、ブルトンの世界を鳥瞰する恰好のテキストとして好学の士に読み継がれている。難解とは解りやすさの対語ではない、真実にどれだけ近づくことが出来たかの指標である。


 

 

 


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