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日付:

2013/02/22

タイトル:
救世主 石原慎太郎
著者:

前野 徹

出版社:

扶桑社

書評:

 

 レーガノミクスは威風堂々のタカ派宣言だったが、アベノミクスって一体何なのだろう。日替わりランチみたいな政権交代のくせに、いきなり何を偉そうな、とふと考えてしまうのは私だけだろうか。冷えて硬くなった安倍川餅なら、確かに、もう一度火を通さなければなるまい。ロン・ヤス外交以来、天上人ともなるとセンチメンタルジャーニーは殆ど持病のようなものになる。特に今回の渡米は目的も意味も雲に隠れてよく見えない。せいぜい限定承認つきTPPが手土産というところかも知れない。もとを糺せば国力をもかえりみず、<尖閣諸島>のお手つきで物議を醸した暴走老人の付けが廻って来ただけである。「維新の会」も自民党も付け焼刃でしかない底の浅い愛国心が支柱では天秤が吊り合うわけがないのだ。遠心分離機ですっ飛ばされて、遠くむなしく浮かび漂って疲れ果て、オバマの指先にとまった塩辛トンボじゃないのかな。「えっ?トンボじゃない、蛙だよ?」やれやれ 同義反復もとうとうここまで来たか。問題は通り一遍の教科書的な現状認識なんかで歴史は腰をあげないということだ。

 それはそうと遂に出ましたね、メシア待望論が。キリストにはヨハネが、マイトレーヤ大使にはベンジャミン・クレームが、真打には前座が、横綱には露払いや太刀持ちがいる。しかし、こんなに並み外れた腰巾着ではヘソを擽られたみたいで、どうってこともないだろう。折角のブランドも、決めつけ論理のごり押しでは、絵に描かれた餅のように額縁に収まるだけ。戦中美談もいいが、軍事独裁政権や戦意高揚に繰り込まれた血染めの旗は今更見るに忍びない。幕末から明治維新を経て昭和の始めまで、脱亜入欧―和魂洋才―殖産興国―富国強兵の太い一本の線が引かれ、敗戦を迎えるや否や、国民はもんどりうって投げ出された。一億玉砕の夢から醒めたら一億総懺悔、あげくの果てが一億総白痴化のメディア・パーク、これらの民意を操る大衆操作こそ戦中戦後における諸悪の源泉であった。肝心の知識人にしてからが右も左もわかりはしない。一背馳に塗れた我国は金権腐敗の黒い霧に包まれ、まるで水溜りにボウフラが湧くように眼に余る若い世代の暴走が始まる。

 そんな時代にノーマン・メーラー顔負けの暴力讃美で芥川賞を受賞した「太陽の季節」は戦後風俗の吹き溜まりで行き場のなくなった若者の性を描いて圧倒的な支持を得た。挑発的で迎合的なアジテーションで一世を風靡したベストセラー作家が平成の<救世主>である筈がない。月並みな暮らしに甘んじる常識人なら誰でもそう思うだろう。夢と現実の混同さえなければ何事もなかったように太陽は西に沈む。赤い血で染められた日の丸は日常の風景に馴染まない。三島由紀夫の世界はペーパーナイフで封を切りさえすれば眼前に開けた。場違いな自損行為を大義名分化してわざわざ大衆を巻き込むまでもないではないか。相対的な価値判断で作家的な良心に従えばきちんと世の中が見えてくる。事件が起こらなければ登場しないコロンボ刑事のように、作家とはそもそもが受身形なのである。それに物書きは金遣いが荒い。生活の智慧を手掴みにする道楽者に政治は向かない。活字の館から扉を開けて首を絞めに出て来る殺人犯はいないのだ。


 

 

 


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