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日付:

2005/12/06

タイトル:
マルドロールの歌
著者:
ロートレアモン (栗田 勇 訳)
出版社:
人文書院
書評:

 

 マラルメの無回答、ヴァレリーの同義反復、どちらにしても表現の正確さに執した余りの詩作上の症例。一方、ランボーの支離滅裂の高揚もそうだが、ロートレアモンの破壊的な居直りは、魂の脱出宣言の具体化と言えないこともない。世紀末の病める思潮はこのような両極端の運動を惹起している。殊に、人間不信の念に駆られ、情動の暴力沙汰で偽善の仮面を剥ぎ取り、「同類への憎悪」を洗い浚いぶちまけたマルドロールの歌は美をグロテスクの範疇にまで持ち込む。

 生体解剖の終わった手術台の上に、ミシンとコウモリ傘が虚無の忘れ物のように鈍く光っている。これは後のシュールレアリズムの運動に恰好の口実を与えた「美の定義」として名高い。謂わば一過性の夢の残滓に過ぎないのだが、献花があとを絶たない。もしかしたら作品そのものも、作者の抜け殻ではなかろうか。無論、作者は作品の彼方に生き続ける。事ほど左様に、詩は易々と列聖伝の秘蹟ともなり得るのだ。

 海神の讃歌でもあるかのように繰り返される詩句は、それ自体が海であり、何度読み返しても同じ光景は二度と浮かんではこない。百篇通り抜けても百通りの印象を与える不思議な森を思わせる。百万人の読者が、一読者の中に百万回訪れるようなものだ。ボードレールの象徴の森の魔性は、この世ならぬ夢を囁きこそすれ、こんな風に偶然を無限回、生きよとは言わなかった。マルドロールは一枚の紙片の上に眩暈を定着した。ミクロとマクロの混在こそ、かかる神業のなによりの証拠と言えよう。分けても、窓のない部屋に閉じ込もり、身の丈程もある一本の髪の毛と交し合う主人公の謎めいた対話は、ハムレットの夜を不気味な底なしの夜にしてしまう。

 メタ文学の文学的帰結と言ってしまえばそれまでだが、絶対の要請がしからしめた姿なき殺戮。しかも、妖怪変化でガードを固めた伝説の人は、世紀末に相応しいロマンを掻き立てながら、その出自とともに心中の程はわからない。

 

 

 


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