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日付:

2005/11/04

タイトル:
明治大正 翻訳ワンダーランド
著者:
鴻巣友季子
出版社:
新潮社
書評:

 

 翻訳の仕事は縁の下の力持ちとばかり思いきや、本書によって、その固定観念が見事に覆された。興味津々のスリリングな中身は、それだけでは浮いた感じの表題と些かも齟齬を来たしていない。多寡が翻訳、されど翻訳、これが又、実に面白いのだ。筆力も然ることながら、素材自体の持つ魔力のせいもあろう。

 賎しくも言語に拘る限り、共通理解を阻む壁の一つや二つ、誰しも思い当たる筈。最初からすんなり行くようでは、却ってお里が知れる。ともすると文明開化百年の大計に翻訳文化の果たした役割すら、私達は不当に評価しがちである。我国に特有の文学上のシンクレティズム。しがない稼業どころの話ではない、和漢洋に通じた文士たちには絶好の出世の花道であった。一斉に競い起こる文体意識は翻訳を契機として、明治大正時代には概ね沸騰点に達していたようである。

 あるものがないなら剽窃だが、ないものがあるとすれば詐欺。当時、物議を醸した原書に纏わるイザコザも、今や、外来語の洪水に攫われて身もふたもない。そろそろこの辺で、翻訳を異文化交流の枠組の中心に据え、本来の役割を再認識すべきであろう。

 翻訳史や書誌学上の門外漢を自認する著者は、それゆえ、人一倍の好奇心を武器にすることで、種々の文献の中から、おどろおどろしい情況を引き寄せ、この発見と驚きに満ちた世界で、自らも翻訳家である熱い思いを自由奔放に語ることが出来た。就中、演劇の舞台表現に際して、役者の身体言語に脚本がどう拘るかは、取分け難題であると言う。ハムレット役者で翻訳の心得もある江守徹の苦心談を交えて、切り口も鮮やかに取って置きの楽屋話に花を咲かせる。訳者冥利に尽きるとはこのことか。

 

 

 

 


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