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日付:

2006/10/10

タイトル:
日本文学ふいんき語り
著者:

麻野一哉・飯田和敏・米光一成

出版社:

双葉社

書評:

            
 「純文学」と「ゲーム脳」の壮絶なバトル。最も、業界御三家の仇敵は、義務教育の偽善的な教科書らしいから、「文部省」対「任天堂」と言い換えるべきかも知れない。それもその筈、ことは文学作品の映画化ならぬゲーム化である。ルールを明確にして、システムを再構築するには、オリジナルを味方につけなければならない。聞くに堪えないか、聞き捨てならぬか、成程ふむふむなのか、誠に才気煥発、縁あって巻き込まれた読者の感想は様々であろう。前半が文豪篇、後半がベストセラー篇の二部構成だが、筆者の場合、後半は読んでも解らないか、解っても関係ないか、どちらかなので無視させて頂くことにする。

 題して「日本文学ふいんき語り」、評言が的を獲ているか、核心に触れているかではない。ここでは異能の人の醸しだすアトモスフェアーだけが問題なのだ。まあ、換骨奪胎は難しいにしても、なんらかの一家言を持つ、極私的一小世界は確立出来たかも知れない。寧ろ、それこそが可もなく不可もない常識的見解と双璧を成すということでもあろう。本編には、ゲーム化指数表なるものがあって、アクション度、RPG度、アドベンチャー度、シミュレーション度、パズル度、の夫々五項目の評価が、五段階法で示されていて、これが学校の通信簿にあたるらしい。こうしてみると、ほぼ同世代の子どもたちが親に隠れて読んだ江戸川乱歩が最高得点というのも頷ける。みんな自由万歳の無邪気なパノラマ島の住人か、ヘンタイよいこ的・椅子人間なのかも。

 それはまあ兎も角としても、時代の袋小路からの脱出は、バーチャル体験が現実の感動を超えた時であろうから、銀河鉄道の夜が、アドヴェンチャーゲームになろうと、痴人の愛の<なま足>が、眼の先三寸に迫ろうと、知ったことではない。しかし、これは或る意味では危険な放任主義と言わざるを得ず、自主規制出来るかどうか、今後のゲーム産業に問われていることも確かである。
 
 

 

 

 


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