トップページ
 古本ショッピング
 書評
 通信販売法に基づく表記
 お問合せ


 

 


日付:

2012/11/24

タイトル:
ニーチェの警鐘
著者:

適菜収 

出版社:

講談社

書評:

 

 釈迦とほぼ同様の悟りの境地にいながら仏の三十二相のうちの一つを欠いていたがために敵愾心に駆られ地獄に堕ちた大婆提多。理性を失って凶暴な気違いとなったのではなく、もともと理性のほか何も失うものがなかったがゆえのテロリストたち。彼らは「ツアラトウストラは大地の掟である」と豪語して百年を一跨ぎしたニーチェとは似て非なる隣人なのかもしれない。ニーチェが無間地獄を免れたのは理性が幸福の原理となって彼を支え続けていたからである。本書は平易な語り口で私たちの身近な問題となった予言の謎解きを試み、私たち大衆が理性はおろか、もはや失うなにものもない猿以下の存在であることを証明する。「愛はまだ学ばれていない」―このニーチェの人類愛の真髄は溺愛したサロメとともにリルケに奪われ、遠方の視座となってシルスマリアの病床に忘れられたままであった。第三帝国の優生学にインプットされた「権力への意志」も哲学的概念を行動力学で捻じ曲げた甚だニーチェらしからぬものである。このように天上化、通俗化、そのどちらのベクトルにも馴染まないがゆえに<危険思想>と呼ばれるのであればよい。天才というものは世代を超えてリスキーな誤解の総体であったのだから。

 ニーチェのエッセンスがあちらこちらに隠し味となって光彩を放つ本書である。これを手にとられた方は幸いである。あなたはあなたの神に抱き取られて息を吹き返すであろう―こんな口上も聞き取れそうな福音書となったが、どのページにも石頭の影を落すばかりで見ザル聞かザルは五万といる筈だ。大いなる真昼の広場の片隅に屯するルサンチマンの愚民たち。そのどまんなかで晴天の霹靂に打ち砕れた忌まわい十字架像の破片。右往左往する似非ヒューマニズム。或いはサド・マゾ・コンプレックスに過ぎない政治学。余りにも直裁なニーチェの箴言の網は、そっくり絡め取られた者が身もふたもなくなることから、さまざまな誤解を生んだ。その筆頭が多数者を主とした民主主義の誤り。神は死んだのではなく、教会から議会へ、法律も失われたのではなく、裁判所から契約書へ、そして世の中の権威は根こそぎ尊厳を奪われ、伝統から民意へ、その身柄を引渡されて形骸化したに過ぎない。この大掛かりな引越し騒ぎの元凶を大道芸人もどきのフランス革命に、バナナの叩き売りのようなルソーの人権宣言に見出す。なぜ日本人は騙され続けるのか? そんな日本人に救いはあるのか? 日本を蝕む「B 層」の害毒、笛吹けばすぐ踊りだす、その奇妙な音色と習性に、気鋭の哲学者の渾身のメスが入る。


 

 

 


全目録 海外文学 日本文学 芸術・デザイン 宗教・哲学・科学 思想・社会・歴史 政治・経済・法律 趣味・教養・娯楽 文庫・新書 リフォーム本 その他