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日付:

2010/11/13

タイトル:
オルガスムスのウソ
著者:

ロルフ・デーゲン/赤根洋子(訳) 

出版社:

文藝春秋

書評:

 

 師曰く「衣食足りて性欲に目覚める」と。このバージョン・アップが人口に膾炙した「礼節を知る」である。誤解を恐れた一番弟子が千年先を見込んでの改竄らしい。今や性のタブーはなきに等しく、何かにつけ老子先生が担ぎ出される。このパロディのお蔭で孔子一門の杞憂は晴れた。しかし、野生の動物よりもペットのほうが多情多感との報告もある。おフランスなお嬢様のマナーは性欲の裏返しだろうか。となるとやはり論語は侮れまい、衣食足りた者は体位を極める。

 幸福即ち29.5秒のオルガスムス。何のことはない、私たちの脳細胞の90%はこの幸福の渦に巻きこまれている。教室のどの生徒も窓に散る枯葉以上に黒板のチョークに関心を惹かれはしない。子供たちの脳に人類最古の職業が売春とは刷り込まれてはいないが、洞窟の男女が神聖な火を絶やさなかった涙ぐましい歴史は郷愁のように染み込んでいる。まともな学名にも拘らず何故か長くはぐらかされ続けたオルガスムス。とりわけ<性の中世>と言われる20世紀は、ヴァギナ信仰によって性の本義が捻じ曲げられ、魔女裁判よろしく白眼視されたクリトリス受難の時代である。表題が示唆する「ウソ」はフロイトの学説(と、もう一つ女のサガ)、オルガスムスを繁殖本能に帰属させた合理的で厭味タップリな精神分析のことである。脳の暗礁にモラルの波しぶきが上がる毎に溺れた水夫の数は知れない。自然の生理が幼児退行症のレッテルを貼られ、天真爛漫な欲望が変態の檻に閉じ込められる。リビドーに縛られた二重人格の統合は、統合のための多重人格となって狂い咲く。まさに医者が病人を作った典型的なケースである。

 性行為の最大の敵は嘘発見器。ちなみにイッタふりはパートナーへの思いやりからだが、イカさない男もこれで結構やる気が出る。オルガスムスの度合がGNPのバロメーターだとすれば、女のウソは反社会的どころか、ママゴン流出世街道である。一方、バーチャル・セックスあり、バイアグラありで当世風オルガスムスの一人歩きが齎す悲喜劇も馬鹿にならない。ややもすると釈迦力になりがちな性意識を、あらゆる角度から点検吟味し、手を変え品を変え宥めすかしながら、悩める人の自然治癒とは何なのかを解き明かす。本書はデズモンド・モリスの傑作「裸のサル」の脚注篇としても楽しめる世直しの粋なテキストである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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