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日付:

 

2009/5/4

タイトル:
パリ憂国忌
著者:

竹本忠雄

出版社:

日本教文社

書評:

 

 「パリ憂国忌」−いったい何故、パリなのか? 恐らく作家・三島由紀夫のテイストはパリにこそ相応しく、又、体現された殉教の知らせがどの国よりも速くパリに届いた、という経緯もあろう。本国では犬死に近い暴挙でしかなかったが、かつてのレジスタンスの勇士たちにとって「憂国」の理念は愛国心の核となった。仏教に於ける抜苦与楽の慈悲がキリスト教的な愛の精神構造を深めたように。これはアンドレ・マルローが日仏文化交流の礎を築いて以来の今日的快挙でもある。その先触れであろうか、クーデター決行の数日前にパリ滞在中の著者のもとに本人からのメッセージが届いているのだ。三島理解に欠けた在仏邦人はまさかの自決に一斉に顔をしかめ、「恥さらし」と罵ったのは言うまでもない。預言者、故郷に入れられずの諺どおり、「憂国忌」はパリでなければならない。

 それにしても何故、ドイツやイタリーではなくフランスなのか? その答えは反バクス・ロマーナとして返り咲いた中世の騎士道精神にある。その華やかさにストイックな武士道精神を通わせ、かたや古代ローマ人の野蛮な自害に厳かな儀式としての切腹を対比させ、第三帝国軍人のこけおどしを廃し、摘出された文武両道のエッセンスこそボン・フランセであったから・・・。彼らは東洋の島国に知行一致のみごとなスタイルの完成をみたのだ。

 思想は時代とともに成長する生き物である。死は肉体を亡ぼすものではなく、肉体を完成させる。霊肉一致のギリシャ精神からキリストの復活まで包含しつつ、未来を志向する三島由紀夫の思想は不滅である。その芸術的な完成品が、メッセージを添えて著者に贈られた「豊饒の海」三部作であった。ダイナミズムの極限とも思える輪廻の思想はもはや文藝というちっぽけな枠には収まりきらず、従って覚悟の美学に一瞬の内に定著さるべきものであった。巡礼者パウロのように、著者の道行は遥かだが、今、始まったばかりである。映画「憂国」のスクリーンは実際の光景と寸分違わぬ精緻な描写でみるひとに感涙を誘う。世は挙げて憂国の日々、頻繁に襲い掛かる「デ・ジャウェ」こそ天界を垣間見るトラウマであり、ステグマタであった。


 

 

 


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