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日付:

2004.9.27

タイトル:
三匹の蟹
著者:
大庭みな子
出版社:
講談社
書評:

 

 大庭みな子さんの「三匹の蟹」を読んだ。本書には芥川賞受賞の同作品のほかに中篇二作が収められている。戦後四半世紀経った日本人の海外駐在生活がテーマだが、登場人物が等身大で過不足なく描かれているところをみると、外交手腕と言うか国際協調と言うか、現地同化も意外とスムースに行われていたらしい。ホーム・パーティはどの家庭にもある極く日常的なありふれた風景だが、彼らはこの習慣を情報交換の場として寧ろ特権的に享受している。不倫もエキストラ・ナンバーに過ぎず、自由恋愛の名のもとに、お互いが目配せするだけで、その場での過剰反応は野暮の骨頂でしかないのだった。

 アメリカから故国日本を遠望するにあたって、彼らは特に、深い感慨を覚えることも、帰郷の念に駆られることもない。どちらに顔を向けても所詮、1000ドルあれば片がつく代物だった。隣の庭の垣根を跨ぐようなものだ。ただ、本人たちにとっては自由を持て余さない程度に中身の問題となる。

 しかし、満を持したがための現地での開き直りは、帰国後は裏目に出てしまう。この新進気鋭の作家が、才能の根を下ろすために、仮に文壇の既得権を引っくり返し、すべてを肥やしにしても無駄だったろう。この地面の固さは何だったのか。

 恐らく、思想の有無しか取り沙汰されなかったのは、日本的な感性の欠如ゆえかも知れない。海浜ホテルの夕景に溶け込む忌々しいネオンも、砂の上で泡だらけになった蟹のような慌しい帰国も情緒の税関を通過するには到らなかった。デラシネの旗は波打ち際で崩れるものらしい。勿論、美的倫理に殊のほか厳しい当時の国情も考えられる。唯、不倫の美学等と一端、利いた風にならなかっただけのことだ。しかし、そんなことも含めて、大型新人と呼ぶに相応しい人と言えばやはり処女出版当時の大庭みな子さんだろう。

 

 

 


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