詩魂といえばアイルランド魂、イギリス本土を横目で睨んでの反骨精神ぬきには語れない。当時、首都ロンドンを湧かせ、アメリカにその名を知られたワイルドだが、もし、「サロメ」がなかったら、(やや誇張気味に言わせて貰うなら)軽佻浮薄のごろつきもいいところだろう。
「サロメ」こそ生粋のアイルランド人の血が書かせた傑作中の傑作である。芸術至上主義は発案者でもある奇矯な一論客によってみごとな完成品を手にしたことになる。
銀の盆に盛られたヨカナーンの生首とそれを手に執るサロメの歓喜。美のきわみは恐怖と死であることを、これ程直裁に表現したシーンはそうざらにあるまい。さしもの月の光も暗雲に遮られて幕となる。おぞましい場面を殊更に論い世を挙げてのめり込む世紀末の大団円はこうして火花を散らした。
晩年、男色家の嫌疑で投獄されたワイルドだが、そのお相手であるダグラス卿がこの作品を英訳している。大のアメリカ嫌いで、ジェントルマンともそりの合わない孤独な野生児のこの遺作、こちらは本場仕立てのスキャンダラスなビアズレーの挿絵でさらに異彩を放つこととなる。
一方、ドイツではR.シュトラウスの楽曲・サロメにお株を取られて、さっぱり芝居の舞台には上がらなくなった。元々、ドイツ表現派とは似ても似つかぬエレガントな退廃趣味、どちらかと言えば、ラベルの器楽曲「ボレロ」に近い。美と恐怖と死の三位一体がクライマックスを迎えた瞬間、突然、花のように枯れ萎む、そのクールな構成美は当時の音楽的理解を遥かに超えていたに違いない。
原典を換骨奪胎するパロディの手法がフランス的過ぎたのか。そもそも美が民族の甲冑に身を固め過ぎるのか。それにしても、唯美主義のファンダメンタリズム、民族の壁を厚くするとは思えないのだが。
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