トップページ
 古本ショッピング
 書評
 通信販売法に基づく表記
 お問合せ


 

 


日付:

2006/03/01

 

タイトル:
砂に風
著者:

富岡多恵子

出版社:

文藝春秋

書評:
 

 著者はH氏賞受賞後、小説家としてもデビュー、本書は自伝的な色合いの濃い作品で、一頃、テレビで話題を攫った「ゴクセン」の世界をも彷彿とさせる。詩人と言えば、只でさえ浮力が働く特殊な人格の持ち主ばかり、等身大の実像にピントを合わせ辛い面がある。まして「H氏症患者」の通弊に陥り、病鴻毛となれば救いがたい。そこは自己健全化にこれ務め、詩、エッセー、小説とバランスよく創作意欲を配分し、多ジャンルに亘って活躍した彼女である。業界では名うての猛女と謳われた。

 しかし、猛女、才女には賢女が抱く「結婚観」はない。一悶着あるごとに思い知るのは「結婚感」だ。内的欲求が外堀を固めようとしないから、性は制度の埒外にあって空気のようなもの。これでは忘却が何の始まりをも予告せず、現状に対する不満も起爆剤とならない。従って傑作は生まれない。その投げやりな視線は、詩的だが取ってつけたようなタイトル・「砂と風」にも顕れている。この点が、「蕁麻の家」の作者、実生活で辛酸を舐め尽くした萩原葉子との決定的な違いでもある。最も彼女には朔太郎と言う巨人がいて、彼女の作品を内側から支えている。なにはともあれ結婚というモラルを欠いた奔放な性は、思想と結び付かない限り嘘寒いだけだ。

 さて本篇の中頃に突然風変わりな人物が登場する。生活と言う三半規管の破れた、曰く言い難い、無節操な疲れきった画家が主人公の心に影を落すこととなる。奇異な一通の手紙に始まる、この男の容赦のない投書癖は、主人公にのみ集注するところから、忽ち名状し難い手紙の山が積み上げられる。

 性欲、食欲、集団欲。この三様態に識別される人間模様の渦巻、−ひとりの女性としての正直な生き方が流れ着く処は? いつでもやり直しの効く母との関係を、もう一度断ち、やはり田舎から上京したこの男と運命的に結ばれる。人生の吹き溜まりで、せっせと書き綴られた男のロマンチックな呪詛。なし崩しに彼の元に惹かれてゆく、女の性(さが)ではあるが、やはり虚ろな胸に、索漠とした風が吹き抜ける。高校教師として刺青のように生徒に刷り込まれた3年間、その傷は素敵ですね、そんな褒め言葉がマナーに適っていると著者は感慨深げだが、この生身の傷、決して癒えることがなさそうである。

 

 

 

 


全目録 海外文学 日本文学 芸術・デザイン 宗教・哲学・科学 思想・社会・歴史 政治・経済・法律 趣味・教養・娯楽 文庫・新書 リフォーム本 その他