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日付:

2005/11/08

タイトル:
スピノザ
著者:
工藤喜作
出版社:
講談社
書評:

 

 「徳性はそれ自体を目的とすれば足りる」、−如何にも男らしさを感じさせるきっぱりとした態度ではないか。スピノザの生涯はこの一言に要約されるだろう。毀誉褒貶は物の本質と何の拘わりもないのだ。実際、「死んだ犬」と唾棄され、驚嘆すべき神学となって甦る、そんな数奇な運命があった。形而上学が実人生の寸法に見合う、この厳粛な事実を前に、世の大方の奇蹟はこけおどしでしかなくなるに違いない。

 ある日、教会で堕落した「神」が、「密室のソクラテス」の夢枕に立った。自ら召喚したデモンの杖の一振りで、パツチワークの縫い目がとれ真正の絹のローブとなる。これが「破門」の引き金となった「意識革命」、若干24歳の若者の未来を決定した事件のあらましである。

 主著「エチカ」は「知性改善論」のメインテーマを俎上に載せて、至高善の営みである人間の幸福を絶対の要請によるプログラムと解し、幾何学的に証明しょうとしたユニークな試みである。真実よりも名誉を重んじる聖職者のお門違いな謬見に惑わされてはいけない。これは研磨されたレンズのような思考のきわみであり、デカルトの心身二元論の落とし穴さえも見抜く眼だ。

 現実と思考の接点が曖昧なら容赦なく糾弾する。スピノザにとっては「偶然」も「神」の様態として人間らしさを育む大切な糧。だからこそ、遺産相続で不正を働いた姉に対して、然るべく反省を促さざるを得なかった。勿論、相続を放棄して全財産はそっくり姉に帰属させている。世俗のものは世俗に還す、天命に従えばこその配慮だが、この信念には神の見えざる手を感じてしまう。

 宇宙原理から哲学の泣き所に到るまで、蜘蛛の巣のように張り巡らされたスピノザの方法論。その一本一本の糸が露をおびてキラキラ輝くさまを本書は実に丹念に描いている。

              

      

 

 

 


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