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日付:

2004.9.13

タイトル:

ショールの女

著者:
シンシア・オジック
出版社:
草思社
書評:

 

 ホロコーストは加害者の意識の中枢に拘りはすれ、被害を蒙った人々にしてみれば言葉自体があってはならない。悲憤遣るかたない作者の筆使いが冴える。ナチの迫害から危うく一命を取り止めたローザは大きなトラウマを引き摺っていた。彼女の瞼には、生まれたばかりのマグダがショールを剥ぎ取られ有刺鉄線の囲いの下に投げ捨てられ、感電死した無残な光景が焼きついている。一緒に難を逃れた妹は、空っぽの青春の器に自己瞞着型の財を貯め込んで再起、いまでは、彼女のパトロンとして君臨している。最悪の運命にこんなおまけまで付いては我慢がならない。しかし、そんなステラなしに自分の生活はないのだ。

 一旦、底なしの地獄の蓋を開けてしまった者に時間の吐く息は胸を締め付けるだけだ。どう足掻いても終末観に手足を付け足すことでしかない。

 もうひとつ、彼女には忍び寄る不気味な影があった。さる高名な博士が歴史的な大著となる筈の本に自説の裏付けを摂ろうと待ち構えていたのだ。

 ホロコーストの後始末? 人体実験が前提の学説なんか犬に食われろ! 人権を飴と鞭で操る、まずもって許しがたい偽善者共だ。結局、どす黒い煙が灰になったいまも、世の中の仕組み自体に変わりはないことになる。案の定、博士の滞在するホテルは擬装されたゲットー。バカンスの名で屯する、民族の誇りのひとかけらもないさもしい人々の溜り場であった。

  レジスタンス! ポーランド魂!

 慌しくステップを踏むひとりの女の為にだけ、作者は声を振り絞って叫ぶ。

 しかし、もうそれでよろしい。楽になりなさい。

無教養ではないが卑俗な男との逢引きの部屋で、テーブルの皿の上に少しばかり残った果実を味わう為に、お互いが向き合うようにして立ち、彼女は後ろ背にドアを閉める。

  

 

 

 


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