「空気のラビリンス」に酩酊する花、はランボーだが、主人のいない部屋の「自動律の木霊」と言えば、無論マラルメになる。領域とシステムの複合的なメカニズムを一機に起動させて想念を具体化し、記号をオブジェ化する。それが瀧口修造の詩の世界である。従来の表現とか表象とは無縁の、或る意味で言語道断な実証の世界でもあったから、詩的実験と称したに違いない。これは、ほぼ10年間の業績が詰まった貴重なレポートである。彼が詩人としての全精力を傾けたこともあるが、日本語で書かれたシュールレアリズムとしては、唯一、世界に誇りうる作品群となった。
初期の作品「妖精の距離」は、その美しさに於いて、「地球創造説」は、そのスケールの点で、戦後詩を圧倒的に凌駕して来た。尻尾を噛むウロボロスのように、我国の超現実主義詩はここに始まり、ここに終わっている。言葉の完成度の高さと、その破壊力は、精神に恐るべき深遠を齎さずにはいない。物量作戦に破れ焦土と化した戦後の日本に、新しい国語が誕生したのだ。
跡絶えない翅の
幼い蛾は夜の巨大な瓶の重さに堪えてゐ
る
かりそめの白い胸像は雪の記憶に凍えてゐ
る
星たちは痩せて小枝にとまって貧しい光に
慣れてゐる
すべて
ことりともしない丘の上の球形の鏡
世界の終わるところから詩が始まる。この詩が「遮られない休息」と題されたのも偶然ではなかった。
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