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日付:

2006/02/27

タイトル:
卵一個ぶんのお祝い。
著者:

川上弘美

出版社:

平凡社

書評:

 

 また川上さんを読んだ。川上さんの本ではない、文字通り、<川上さんを>である。この人、これっぽちも言葉が齢を重ねない。場当たり的な要素が、それを許さないのか。どうやら経年というもの、現金勘定が身の上の計画的なものであるらしい。今度のは、日記である。<東京日記>という副題は内田百關謳カの同題の作品に敬意を表して、印刷上も級数を落したと後書きにあった。それは兎も角、川上さんの文章はカマトト然としていながら観察がまるで正しいのだ。例えば、母親のうしろに隠れながら客間のお菓子を狙う、あの抜け目のない子どもの眼である。まさか師の肩越しに舌を出して獲物を見せびらかす積りではあるまい。

 これは当然と言えば当然のことだが、近作に幾らか変化が見られる。ご本人の言葉を拝借すると、卵一個ぶんのめかたでしかないのかも知れない。気丈夫だが、物寂しく、軽やかだが、大儀。それをしも加齢というなら前言撤回なのだが、−爽やかな五月の風が堤からではなく、堤へと吹いていく感じ。いつもながらの文体で用語はきちんと膝を固めているし、視聴覚のきめ細かな配分も相変わらずである。その自在な表現も<ふよふよと つまさきだつ>を筆頭に、言われてみればそうだよな、の連続。言葉の小動物たちの賑々しいオンパレードなのだが、唯、いつもの角で曲らない。この日記、五分の四はほんとうで、残り五分の一は嘘らしい。しかし、その嘘の力でもう日常を裏返しにすることはない。買い物籠はしっかりとキャスターで運ばれる。毎日が鄙びた曇天である。

 ふんだんに川上さんで在り続けるしかない。これはもう確かなことである。純粋で朗らかで、或る時、ふと懐かしくなったりする、一読者に過ぎない私のあこぎな夢の、最後のひとかけらまで、そっと暖めて呉れたらな、と。これは又、何とも贅沢な願い事となった。色ぼけ欲ぼけ?寝ても覚めてもそんな、日々。川上さんの趣味の棚からひとつだけコトバを拾わせて頂く。

 

   B 海の生き物って考えてることが

     わかんないのが多い、蛸ほか

 

 

 


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