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日付:

1013/01/30

タイトル:
実行と責任
著者:

清水勝彦

出版社:

日経BP社

 

書評:

 

 「マニフェストは単なる目標だから、実現しなくても公約違反にはならない」 ―政権与党の居直り発言に国民の怒りは爆発した。先般の解散総選挙はそんな内閣を後押しした国民の付けが如何に大きかったかを物語る。一方、民間レベルでは何かと物議の的となるのが企業の社会的責任。とりわけ二酸化炭素排出による環境汚染は高度経済成長とリンクして問題視され続けて来た。折からの不況も手伝って四半世紀にわたり経済界はこの二律背反の罠から抜け出せないでいる。まず行動ありきの実務の世界では、結果が思わしくない場合も行動で埋め合わせをしなければならない。ちなみに今世紀初頭はエコロジー産業が俄かに脚光を浴びたのだが、企業本来のチャレンジ精神による技術開発を「考えるための行動」と著者は定義している。政権交代劇に象徴される政府の失敗は命取りでしかないが、企業にとっての失敗は成功の素でもある。政策実現は政権維持に欠かせないものだが、企業にとっては必ずしもそうとは限らない、寧ろ失敗の素となる。成功体験に基づくヘッド・ハントがしばしば裏目に出るケースが多いのはそのためである。筋金入りの政策通が辣腕を奮う政界とは異なる意味で厳しい一面が企業にはあるのだ。

 本書は組織力強化のためには恰好のビジネス書だが、外部環境に就いては何も触れていない。ハウツー物と呼び捨てるには勿体ないくらい精緻で奥深くもあるので、そのまま行政機関の啓蒙書としても通用しそうである。もしかしたら政府要人こそ最初で最後の読者と言えるかも知れない。あえてタイトルを一単語に要約するなら「実行力」となろう。企業にとって、事後責任は役割分担の有効性を測る尺度として問われるに過ぎず、あくまでも本命は遣り甲斐のある仕事かどうかだ。ここに存在意義が見出せなければ如何なる優良企業といえども継続は難しい。変転極まりない価値観をクリアーするには、トップの決断力は無論のこと、「目的と情報の共有」によるチームワークは不可欠となろう。トップの締め付けやルーティン遵守による弊害は、スローガンの陳腐化や社内全体の自己保全のムードとなって現われる。問題が発生した時点ではもはや手遅れである。リーダーの夢をどう実現するかがマネジメントの鉄則であり、リーダーは現実を直視する勇気を持たなければならない。なにはともあれ、トップは失敗に学び、ミドルは現場に残る。基準の曖昧な成果偏重の画一的な拡大路線は今や確実に分岐点に立たされているようである。

 技術水準が同じでも国力に差が生じてしまうのは、<和>を重んじる我国特有の伝統精神と、<輪>を拡げる合理主義的な西欧思潮の違いにある。縦割り・横串で硬直化したマニュアル依存を改め、マトリックス作成による相互干渉的な組織編成が急務となろう。些か反語めくが一歩前進するためには社内で意見の対立がなければならない。百戦錬磨の強靭なパワーは柔軟なルールとトップの洞察力から生まれる。想定外も予定の裡、複雑な条件下のプランニングでは綿密な計算よりも直感が物を言う。見やすい道理にも拘らずまともに扱われないが、トレードオフのない戦略というものはないのだ。何故なら抜本的な問題解決にあたって痛みを分かち合う分配の正義は障害としかならないのだから。根っこのところで悲憤を抱えながらも正確無比な言説ゆえに穏健な印象を与える本書だが、隅々に至るまで実に歯切れが良い。なぜ今、実行精神なのかはこう断言する。「昨今の眼に余る先送り現象や問題発生時点での犯人捜しがあとを絶たないのは、決断しないことを決断している司令塔が慣性の法則に縛られているからである」と。又、人材不足の嘆かわしい風潮を一笑に付すかのような胸の透く提言もある。「教育から<育>をとってしまったら社員ばかりとなって有能なトップは現われないだろう」と。よくもわるくも現行の教育制度の成果は純粋培養された霞ヶ関族と修羅場を潜り抜けた永田町人の権力争いとなって現われている。

 「親の心、子知らず」は世の常のようだが、新入社員に一目で見抜かれた上司が、そのことに気づくまで三年かかるという調査報告もある。物の見方は背丈で異なるとしても、あとから来た者が先をゆくのだ。子離れの悪い親は子供の未来をどう見ているのだろうか。「少し好かれて大嫌いだと言われるよりも、少し嫌われて大好きだと言われるのがトップの器量というものである」 これは本書のサブタイトルにはぴったりの第二次世界大戦の立役者ウィンストン・チャーチルの粋なセリフだが、不思議な余韻となって読後感を満たしている。

  [定義]

 <和>=以心伝心的な言語省略ゲーム

 <輪>=同心円的な拡大分業システム

 

 

 


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