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日付:

 

2007/03/30

タイトル:
吉岡実詩集
著者:

吉岡実

出版社:

思潮社

書評:

 

 久し振りに吉岡実の詩を読んだ。言葉に快感を覚えたのも実に久し振りだが、さて言葉が快感である、とは一体何事か。言葉が自分自身を一跨ぎして、スロット・マシンの自販機にでもなるのだろうか。スリリングなゲーム感覚に痺れて夜通し眠れない。コイン・インコ・イコン、コインブラの聖母マリア様のお目覚めはインディゴブルー、とかなんとか。


 吉岡実辞典と言うものはある。 

 吉岡実論等と言うものはない。

 吉岡実の世界は<胎児・少年・卵>の三大要素に還元出来る。それら三位一体のつむじ風が織りなす粘性の火花が、隠然と皿に解き放たれる。その自生の氾濫が偶々美しいだけである。たとえば玉葱の芯を抜いたら夜の枝に吊るされ、言葉が裏側から薄く剥がれて、つるりとした物の表面に出る。麦笛を吹く少年のシャツの破れ目から、花弁を毟られた満月が立ち昇る。下町生まれの彼は、学校帰りの道端の水溜りで、浅草のロック座のポスターにコロンブスの夢を通わせていた。それら影の果実の匂う丘を一望しながら、詩が世間の手袋を嵌めて年齢不詳の胎児を取り上げる。夏の誘惑に屈して膝を抱え込む、彼は一個の完全な卵である。

  商港や浚渫船もこの夏は
  狂信的な緑の儀式へ参加する
  同時に
  マストはにぎやかに梢となり
  鳥の斑のある卵をいくつもかかえる
  大きな葉を風は
  船長の帽子へ投げ入れる
  さかさまにひつくりかえつた船長の股

   に木の実が熟れる
  前進せよ沖へ
  緑の波の中へ

       (夏の絵)

 渾身の眩暈である生、多分、それに間違いはなかろう。ランボーやマラルメの最も美しい歌が海上でぶつかり合い、岩塩の声を上げるとき、不覚にも彼は女神の胎内で肉よりも先に言葉に影を与えてしまったのだから。




 

 

 


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